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「もうちょっとそっち行って。見えない」

「乃亜は捲るのが早いんだよ。俺に聞いてからにしろっ」


 帰ってくるやいなや肩を付け合い、小さな漫画本一冊に見入る私達を見て、楓は笑った。


「お兄ちゃんはいつでも読めるんだから、乃亜ちゃんに貸してあげなよ」

「どうして俺が俺の金で買ってんのに、乃亜が最初に読むんだよ!おかしいだろ!」

「男らしくないなあ」

「男も女も関係ねえ!」


 その間に、私はまたページを捲る。


「あ!俺まだ読んでねーよ!戻せ戻せ!」

「もう勘弁してよ。陸はさっきから読むのが遅すぎなんだよぉ」

「っとにわがまま!」


 それを見て、楓がまた笑う。こんな時間がたまらなく好き。



 まだ外が明るい夕方でも、陸はやっぱり私を送ってくれて、帰っていく。それは私にだけなのか、他の子にもそうなのかはわからない。


「ただいま」


 静かな家。今週の父は出張で、奈緒さんは用事があり実家へ帰っている。

 だからこれは、玄関で微笑む母へ向けて。


「ただいま、お母さん」


 おかえり乃亜、と聞こえれば、心は和む。


 BGM代わりのテレビをつけて、カップ麺にお湯を注ぐ。三分間が、やたらと長い。

 ふと、森君の言葉が頭を過ぎった。


 俺のとこ紹介しようか?



✴︎

 ✴︎

✴︎

 ✴︎

✴︎



「まじで助かるわ〜。店長が感謝してたよ!」


 森君は満面の笑みでそう言った。彼から聞かされていた通り店長はとても良い人で、学生には色々な都合があるだろうと、シフトも柔軟に対応してくれるそうだ。人生初めて経験するバイトに、私は今までにない緊張と、新鮮さに溢れていた。

 


「はあ、疲れたあ」


 夜七時。店長が持たせてくれたコーヒーを手に、家路を歩く。森君が隣で「お疲れ」と言った。


「初日だからね。覚えることたくさんあって大変だったでしょ」

「凛花といつも利用してるから、メニューだけは頭に入ってるんだけどなあ」


 ここは地元で、並んで歩くのは地元の友達なのに、身につけている学校の制服が全く異なるのは、不思議な感覚だった。


「あー甘い」


 店長がくれたコーヒーは、シロップたっぷりアイスのカフェラテ。


「乃亜それ飲める?甘いのも冷たいのも普段飲まなくない?」

「全部は無理かも。店長に申し訳ないけど」


 森君の家と私の家との別れ道。手を振ろうとした私に、彼が待ったを入れた。


「ちょっと乃亜、これ持ってて」


 自身のカップを私に寄越すと、彼の姿は曲がり角の向こうへ消えて行く。そしてほんの一分も経たぬうちに、小走りで戻ってきた。

「はいこれ」と差し出されたのは、ブラックの缶コーヒー。


「すぐそこに自販機あるの思い出したから。乃亜、これなら飲めるでしょ?」


 喜びよりも、驚きの方が勝る。


「わ、わざわざ?」

「わざわざか?すぐそこだよ。あれ……それってどっちが俺のだっけ」


 私の両手にはふたつのカップ。彼から持たされたものは、右か左か。


「……ごめん。忘れちゃった」


 笑って「俺も」と言った彼は、まずひとつを取って缶を渡す。そしてもう一方も手に取ると、口をつけた。


「え!どっちかわかんないよ、それ」

「知らない人の飲み物じゃないし、両方もらっとくわ。俺甘いの好き〜」

「えー!なんか恥ずかしいんですけど!」

「はははっ。じゃあな乃亜、気をつけて帰れよー」


 ナチュラル過ぎる彼の振る舞いに、それ以上何も言えくなり、大人しく手を振った。


 温かいブラックコーヒーを飲んで思う。やっぱりこっちの方が好き。

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