③
洗面所へと立った陸を機に、女子トークを再開させようとすると、口角を上げた楓に肘で突つかれた。
「ねえ乃亜ちゃん。体育祭の彼とは別れたんだよね?」
「ああ、勇太君?別れたよ」
「じゃあ、お兄ちゃんどお?」
「え」
「お兄ちゃん、絶対乃亜ちゃんのこと好きだもん。付き合ってあげてよっ」
陸と私の間で交わされたフりフラれを、彼女は何も知らないのだろう。期待に胸を膨らまさせて申し訳ないのだが、私の口からはこんなことしか言えない。
「陸とはただの幼馴染だよ」
途端に彼女の顔が歪んだ。
「えー。お兄ちゃん、超葛藤してんのにっ」
ピンッと楓の人差し指が立つ。
「この前ね、夕ご飯中にやたらとスマホ触るから、覗き込んでやったの。そしたら乃亜ちゃんとのメール画面開いてるのに、送信ボタンで手が止まっちゃってるんだよ。おかしいでしょ?それにね──」
人差し指そのままに、中指も立てた彼女。陸が洗面所から顔を出す。
「おい楓!余計なこと言うなっ」
「はいはい」とあしらって、楓は笑う。
「お兄ちゃん、バレバレだっつーのっ」
「よしっ。じゃあ朝飯買いがてら、漫画も買うか。楓、何かいる?」
近所を歩けるくらいまでに身なりを整えた陸が聞く。
「お菓子ー。甘いのー。お兄ちゃんのバイト代でよろしくー」
「まだ給料入ってねえよ。後できっちり請求するぞ」
そんなふたりの会話は、私の脳に確と残った。
コンビニまでの道すがら、気になったそれを陸に尋ねる。
「陸、バイト始めたの?」
「おう」
バーベキューやボーリングに続き、これも初耳だ。
「なんのバイト?」
「ピザ屋の裏方。作る方」
「ふぅん」
一気に削ぎ落とされていく、先ほどまでの喜楽の感情。
「陸って、私に何も言わないんだね」
「はあ?今言ったじゃん」
「違うよそれは。私が聞いたからじゃん」
「どっちでもよくね?」
「バーベキューの話も聞いてないし」
「バーベキュー?あー、高校のか。どうして乃亜が知ってんの?」
「凛花から聞いた」
「ああ、そっか。じゃあいいじゃん。俺からわざわざ言う必要ねえっしょ」
相手の全てを相手の口から知りたいと思うこの気持ち、陸は私に抱かないのだろうか。
この理不尽なヘソ曲がりが嫉妬だと勘付いたのか、陸は話題を変えた。
「乃亜は最近どうなんだよ。何してんの」
たちどころに、仕返ししてやりたくなる。
「森君とふたりでお茶した」
だから、細かい説明を省いたんだ。
「は……なんで森?元彼だろが」
「べつにいいじゃん。陸に関係なくない?」
思惑通り、陸もすっかり不機嫌に。
「乃亜だって、何も俺に言わねえじゃん」
外方を向いて舌を弾く陸を見て楽しくなるなんて、私は相当な性格の持ち主だと思う。
「陸、やきもち?」
そんな陸に、もっと意地悪したくなるのだから、どうしようもない。
「森の野郎〜」
「森君ね、陸がボーリング圧勝したって悔しそうだったよ。今度私も行きたいな」
「この俺がアイツに負けるかよ。乃亜にも負けないぞ」
「森君と三人で行く?」
「は?じゃあ行かねえ」
「あははっ。うそうそ、ふたりで行こっ」
「絶対ふたりな」
コンビニへ着くまでたった数分なのに、陸といると、心が忙しくてしょうがない。




