表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/96

 息を切らせて着いた先。そこはつい先ほど別れを告げた、学校だった。


「校庭から入ろうぜ」

「え、ダメだよそんなの。絶対怒られるっ」

「校舎に入るわけじゃないんだからバレねえよ。校庭の端っこにお邪魔するくらい、この暗さじゃ誰も気付かないだろ」

「えー、大丈夫かなあ」


 そう言ったけど、ワクワクしている。


 穴の開いたフェンスを見つけた陸は、人ひとりが通れるよう、力づくでそこを広げた。すんなり抜けた陸に続き、私も彼の腕を借りて潜って抜ける。


「木の下なら陰になってバレないっしょ」


 陸が私を誘導したのは校庭の隅。外灯は届かない、とても暗い場所だった。


「乃亜、ここ座って」


 植木の僅かな段差に腰を下ろし、彼は自身の隣を手で叩く。飛び出た枝を避けて座れば、距離は自然と近くなった。

 校舎を眺め、陸は言う。


「暗くてあんまり見えないな」


 低学年の頃怖かった給食室の殺菌灯が、今この箱の中では一番明るい。


「こんなに黒い学校見るの、初めてだよ」


 クスクス笑って、落ち着いて、また校舎を見る。なんだか目が離せない。それは隣の陸も、同じようだった。


「俺達、ついさっきここで卒業式したんだよなあ。なんか、もうずいぶん昔みたいだな」

「私もそれ、すごく感じる」

「乃亜泣いた?卒業式」

「泣いたよお。色々思い出して……」

「ははっ。乃亜は涙腺弱いもんな」

「陸は泣かなかったの?」

「俺?全然」

「冷たい人っ」


 優しく吹く風が気持ちいい。さわさわと、木々の揺れる音を運ぶ。


「入学したての時だっけ。乃亜がド派手に校庭でコケたの」

「それ、体育の授業中のやつ?やめてよ、そんな思い出覚えてなくていいし」

「俺、教室の窓からその瞬間見ちゃってさ。授業中に笑い止まらなくなって、先生に超怒られたんだぞ」

「知らないよそんなのっ。見た陸が悪い」

「おもしろかったなあ」

「そんなこと言うなら、陸も恥ずかしい思い出あるでしょ。二年の音楽祭の時、ひとりで歌詞飛ばして歌っちゃって、全然周りと合ってなかったやつ」

「げ!お前よくわかったな。あれは誰にもバレていないだろうと思っていたのに……」

「あからさまに焦った顔してたもん」

「お互いよく見てたんだな、相手のこと」


 陸とする思い出話が楽しくて、永遠にでも、ここで喋っていられる気がした。


「ねえ、乃亜」


 校舎からふたり目を逸らし、顔を合わせる。思い出話に緩んだ陸の口元が真っ直ぐに結ばれるとほぼ同時、彼の眼差しも、真剣そのものになった。


 陸の手で、ゆっくりと頬を覆われた。陸の目で、真っ直ぐと見つめられた。その瞳が閉じた時、唇と唇が重なった。


 ここが外じゃなかったら。ここが陸の部屋だったならば。理性のきかなくなった私達は、また丸ごと愛し合ってしまうのだろう。

 陸が好き。私はずっと、彼が好き。一生だって一緒にいたい。

 

 おもむろに、唇を離した陸は言った。


「最後に、聞く……」


 頬はまだ、彼の手の平の中。


「俺は、乃亜の恋人になれないの?」


 陸の憂いに満ちた瞳の奥で、決意が見えた。


「乃亜の心配ごと全部掻っさらうくらいの覚悟、俺はある。終わらないし終わらせない。俺は乃亜を手放さない」


 ひとつひとつの言葉が刺さる。段々と息がしづらくなるのは、その言葉達が胸を埋めていくからだ。


「俺を信じて欲しい。俺は絶対、乃亜の前からいなくならない。ずっと側にいる、一生守る。俺は昔から、乃亜しか見ていないんだよ。大好きな乃亜しか」


 大好きな人に大好きだと言われて、涙が出そうになった。


「乃亜。俺と付き合って」


 陸は私の大切な人。いつまでも隣で笑いあっていたい。だから、ここで陸に身を委ねれば──


「陸とは、付き合えない……」


 いつかきっと、終わってしまう。



 猫が鳴いた。ミャアと小さく、フェンスの向こうで。陸の手が、私の頬から剥がれて落ちた。


「終わるのが、怖い?」


 呟くようにそう聞かれ、私はこくんと頷いた。


「乃亜は俺が好き。それは合ってる?」


 その問いには縦に大きく首を振る。何度か振れば、涙がぽろぽろ出ていった。それを指で掬って陸は言う。


「わかった。じゃあふたりの気持ちを確かめ合えたし、この恋は綺麗なまんま、箱にしまっておくよ」


 陸の優しい表情に、もっと涙が溢れていく。


「ごめんね……」

「謝るなよ。それが乃亜の答えならしょうがねえ。フラれたのに両想いって、なんか得した気分だし」


 そう言って、無理矢理笑う陸を前に、私も懸命にえくぼを作る。


「これからも幼馴染、やってくれる?」

「おう。俺達はずっと、幼馴染な」

「ありがとう、陸」

「あ、でも」


 軽く握った拳。陸はそれを、私の手元に持ってくる。


「手、開いて」


 言われるがままに見せた手の平の上、陸の拳が解かれた。


「何?何もないけど」

「鍵、持ってて」

「鍵?」

「この恋をしまった箱の鍵。俺だとすぐに開けそうじゃん。だから俺が開けられないように、この恋の鍵は乃亜が持っててよ」

「それって……」

「なくすなよ」

 

✴︎


 目に見えぬ、かたち無き鍵を握りしめて家に着く。自室でぺたんと座り込むと、ピコンとメールの知らせが届く。送信元は陸で、写真だけが添付されていた。恋人ではないけれど、恋人同士のような陸と私のピースサイン。


 手の平をじっと見る。可愛いらしいアンティーク調の鍵を思い浮かべてそこへ乗せ、再びぎゅっと握りしめた。


 私は相当な自惚れ女だと思う。何故ならあの時。


 この恋の鍵は乃亜が持っててよ。


 乃亜のタイミングで箱を開けていいよって、そう言われた気がして、胸が高鳴っているのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ