③
「そーいや、勇太は?」
神社帰り、いつものコンビニ。定位置に座る陸はチキン、私はパンを頬張った。
「え?合格したよ」
「そうじゃなくて。今度こそちゃんと別れるって言えんのかよっていう話」
「あー。そっち」
途端に向けられる、冷たい視線。
「い、言うよ。これ以上は申し訳ないし」
「ほんとか?流されんなよ?」
「言う言う!」
陸のこの瞳に、今度こそ嘘をついてはいけない。けれども、パンを運ぶ手は止まった。
「乃亜、不安?」
そんな私に陸は聞いた。
「俺がまた、告りそうで」
どこか奇異な、含み笑い。
私はビターに笑って、髪に指を差し込んだ。
「今日はいいよ。送らなくて」
帰り道の交差点。自宅を通り過ぎようとした陸に、私は言った。
「おばさん、もう仕事から帰ってきてる時間でしょ?早く合格祝いのご飯食べてあげて」
私の家には、きっと何もないだろう。合格発表の日にちも聞かれてはいない。
「じゃあまた明日、学校で」
複雑な顔をしていた陸だけど、信号が変わると共に、背を向け歩み出した。私はそれを刹那見て、足を進める。
今日は合格という人生初めてのことがあって、御礼参りをして、未来の約束をした。だからきっと、家に帰れば滅入るのだろう。このギャップ、この温度差に。これはべつに、驚くことではない。今までずっとそうだった。父が私の人生に、一気一憂することはない。
「おいっ」
点滅した青信号が、赤に変わった時だった。肩を掴まれて、振り返る。
「やっぱ送らせてっ」
私の背中だけで、陸はきっと全てを悟った。
「ただいま……」
家にはやはり、誰もいない。下唇を噛んだ私に届く、一通のメール。
『乃亜、合格おめでとう!明日学校が終わったら会える?今日は家族水入らずのお祝い、楽しんでね』
邪気のない勇太君のメールが、私の心を深く抉った。
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その日は朝からどんどこと、心臓が太鼓のように打っていた。
午前の授業を終えた勇太君と私は、お昼がてら、あのリゾートカフェを訪れた。
「私これ」
「じゃあ、俺はこれ」
食事が運ばれてくる時間すら長く感じるこのムードを、彼と共有するのは何度目だろう。
この五ヶ月間、たくさんの思い出がある。色濃すぎて語るには、言葉が足りないくらいだ。
「乃亜」
普段と変わらぬ彼の声に、息を飲んだ。
「別れよう、俺達」
もう三度目にもなる別れ話。過去の二回と違うのは、彼が微笑んでいるということだ。
「今まで乃亜を、無理に繋いでごめん。こんなんじゃ、乃亜が先に進めないよね」
切ない、歯痒い、悲しい。そんな感情全てを仕舞い込んだ笑顔。
「これは俺が招いた結果だから、乃亜は何も気にしないでね。乃亜には色んな気持ちをもらったよ、本当にありがとう。まだ好きかって言われたら好きだけど、でも今日でこの関係は終わりにしよう。ずっと足掻いてごめん。苦しかったよね」
苦しめたのは、私の方だ。期待させて、裏切って、手を掴んだり払ったり。だけど全部、彼は受け止めてくれた。そして最後となる今日ですら、私が前へ進めるよう背中を押してくれている。
「乃亜?」
泣かないと決めた。彼の前で泣くのは卑怯だと思った。だから私は、精一杯口角を上げて言う。
「勇太君は、情けない男なんかじゃないからね」
「え?」
「優しくて、賢くて。人を一途に愛せる格好いい男性だからね」
瞬間、あの夏を思い出させたのは、爽やかな彼の笑顔。
「今までありがとう、勇太君」




