①
「うっわ!乃亜のクマやっば!」
自転車で私を追い抜かそうとした凛花が、私の顔を目するやいなや、急ブレーキをかけて止まる。
今日から新学期。高校受験の入試日は、もうすぐそこまで迫っていた。
「昨日も、三時まで勉強してたから……」
「三時って夜中の!?超ヤバイじゃん!」
「そろそろ追い込まないと、ほんと落ちる……」
「もう今月だもんね。緊張するねっ」
年が明けてからというもの、寝不足の日々を送っていた。
「うっす……」
気怠そうな声に後ろを向くと、その声の持ち主にも青いクマ。
「陸、ねっむそー」
「うん。めちゃんこ眠い」
私達ふたりの欠伸を見ながら、凛花が言う。
「駆け込みタイプだね、あんた達っ」
駆け込めるかどうなのかも、不安な毎日だ。
自転車から降りた彼女は、陸の隣でカラカラひいた。
「陸、受験の日一緒に行こうよ。陸も妙海でしょ?」
「ん?ああ」
「当日ひとりぼっちは嫌だし、陸と同じ学校でよかったあ」
「凛花はひとりでも圧があるから大丈夫」
「は?それどういう意味っ。てか当日、何時にする?」
ふたりのその会話に入っていけぬ私は、ただそれを、耳にしていた。
✴︎
放課後。図書館で勇太君と待ち合わせた。
「乃亜大丈夫?始業式も、けっこう眠そうだったけど」
半分も目が開かぬ私に、彼は眠気覚ましのガムをくれた。
「ありがとう。すっかり冬休み中に昼夜逆転しちゃった。早く治さないとなあ」
「試験は午前だから、朝にモチベーション持って行った方がいいよ」
窓際の席に並んで座り、参考書を開く。
受験までもうすぐということは、こうして彼とふたりで会うのも、あと三週間もしないで終わりということだ。
受験が終わるまででもいい……その時までに乃亜の心を救えない情けない男なら、そんな奴、手放してくれていいから。
勇太君の言葉を思い出す。
彼を情けない男だと思ったことは一度もない。ただ私が、彼を本気で好きになれなかった。
思えば去年の夏からずっと、私の隣には彼がいた。幼馴染でも親戚でもない彼とは、中学を卒業すればほとんど会わなくなるだろう。受験後別れたら、そこで終わり。気まずさを乗り越えて友達に戻る、なんてこともないかもしれない。
「乃亜」
勇太君に名を呼ばれ、現実に引き戻される。
「ボーッとしてる。やっぱ眠いんだね」
「ああ、うん……」
「今日は早めに切り上げよっか。家でゆっくり休んでよ」
本当に、終わりだ。




