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 カチャッと鍵が開く音と同時に慣れ親しんだ匂いがして、ここが陸の家だとわかった。


「ここ、あれら、りっくんの家ぇ?」


 呂律の回らぬ私の口を手で覆い、陸は囁く。


「しーっ。もう母さん達寝てるから」


 気持ち悪さを通り越し、今度は睡魔に包まれていた。

 ゆっくりと、ベッドにつく体。


「かえるらぁー」

「帰れねーだろこんなんじゃ。ほら、手ぇ伸ばして」


 苦労しながらブルゾンを脱がす陸をぼけっと眺めていれば、意識は遠ぬく。身軽になった途端ごろんと寝そべり、眠りに入る準備をした。


「おやしゅみーっ」


 そう言って夢へと落ちかけたその瞬間、いつもよりとろんとした陸の声が降ってきた。


「のーあっ」


 薄ら目を開けると、すぐそこには陸の顔。彼も私と同じくらい、酒の匂いを纏っている。「何?」と問う間もなく重なる唇。この甘酒味はどちらのものか。

 陸の全ての体重がベッドへ乗っかって、基盤がミシッと音を立てた。


 離れきらない唇で、陸が聞く。


「いい?」


 何に対して許可を求められているのかは、ダウンしきった脳でも判別できる。頷けぬままに陸を見つめていると、再びキスを落とされた。そして吐息だけで、彼は言う。


「愛してる」



 陸の手が腹部に伸びた。温度の違い過ぎる指先に全身ビクンと反応すると、彼は「ごめん」と笑っていた。しかしその指先も、ことが進めば次第に熱を帯びていく。


 ひとつになって、しばらく経って、陸が悲しそうな顔をした。


「陸?」

「離れたくない」

「え?」

「まだこのまま、乃亜と繋がっていたい……」


 動きを止めた彼は私に覆いかぶさると、耳元で何度も私の名前を口にした。それが仔猫の声より切なく感じて、気持ちが丸ごと溢れて出ていく。


「私も、陸とずっとこうしていたい」


 次に目が覚めた時、後悔すると知っている。勇太君を思えば苦しくなり、罪悪感に苛まれる。それでも私は求めてしまう。決して手に入れたくない陸を、愛してしまう。

 恋愛感情に終わりは付き物なのに、未だに抜けぬ彼への想い。



✴︎

 ✴︎

✴︎

 ✴︎

✴︎



 東の空が白む頃、ふたりでそろりと家を出る。


「初日の出まだ?」

「まだだよ。それに、こっちじゃねえよ」

「そっか。川の方からはいつも、夕陽が見えるもんね」


 元旦からふたりきり。波音優しく、小鳥が飛び交う。


「あ。そうだ」


 ゴソゴソとポケットを漁った陸は、ひとつの御守りを取り出した。


「これ、乃亜の分ね。合格祈願」


 袋にも包まれていない、赤い御守り。それをぽんと私の手に置いてくる。


「いつ……買ったの?」

「乃亜が酔っ払ってる時。あ、ちなみにおソロね。俺は黒にしたわ」

「おソロって言うかな、これ。あの神社で買った人みんなお揃いなんじゃ──」

「おソロって思えばおソロだっ」


 桃色の御守りが一瞬頭を過ぎり、素直には喜べなかったけれど。


「ありがとう、陸」


 胸はきゅんと囀った。



 まだ誰も起床していない家へ帰宅すると、食卓にはメモが置いてあった。


『乃亜ちゃんへ。お蕎麦の具が冷蔵庫にあるから、もしよかったら食べてね』


 山菜の乗った皿は冷蔵庫の中央に、ガステーブルの鍋にはちょうど一人前残された蕎麦。奈緒さんはもしかすると、この家で初めて迎える年越しを楽しみにしていたのかもしれない。


 尻軽、浮気性。飽きっぽい。そんなイメージしか抱けぬ父が連れてくる女性は皆大体、私のことなど金魚のふんと捉えており、愛のひとかけらだってくれはしない。でも、奈緒さんは違う。私を一個人として、ひとりの人間として認識してくれている。


 少し休んで起きたら食べようだなんて思っていたら、私はたっぷり夢を見た。


 数時間後。ピコンと私の目覚ましになったのは、勇太君からのメールだった。


『乃亜、あけましておめでとう。今年もよろしくね』


 文面を見るだけで、即座に罪悪感で包まれた。



「おめでとう、乃亜ちゃん」


 居間に顔を出すと、エプロン姿の奈緒さんが父に雑煮をよそっていた。


「初詣に行ってたの?今朝早くに帰ってきたのかしら。ずいぶん寝たねえ」


 どこで、誰と、連絡くらい寄越しなさい。そんなことを言われないのは、奈緒さんにその権限がないからだ。


「お腹減ってる?」


 彼女のその言葉に、私は台所に目をやった。ほっと胸を撫で下ろしたのは、今朝見た鍋がまだそこにあったから。


「お、お蕎麦食べたいっ」

「え?」

「昨日のお蕎麦、奈緒さんが作ってくれたお蕎麦が食べたいっ」


 その瞬間、桜の開花と見紛うほどに、ぱっと明るくなる彼女の表情。


「うんっ!温め直すから、ちょっと待っててねっ」


 鍋に火をかけている最中も、ずっと笑顔の彼女は可愛かった。

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