⑤
「混んでるわねえ。みんな、はぐれないようにね」
拝殿の前には長蛇の列。楓は陸の母と手を繋ぎ、私は陸の袖を持った。
「あの歳で親と手繋ぐか、普通」
前列の楓に聞こえぬよう、陸は呟く。
「仲良い親子の証拠だよ」
陸の家族は、私の理想だ。
くるっと振り向いた楓が聞く。
「乃亜ちゃんは何お願いするの?やっぱり受験合格?」
「そうだね。それは絶対祈っておかないと。楓は何にするの?」
「んー、健康とか?」
「えーっ、おばさんくさいなあ」
白い息と共に、楓は笑った。そんな彼女に、陸の母が言う。
「楓、健康も大事だけど、お兄ちゃんの合格も願ってあげなさい。落ちたら楓と同じクラスになっちゃうかもしれないわよっ」
「もうそれ、お兄ちゃんじゃないじゃん」
そのやり取りに、陸は「おい」と声を挟む。
「中学生に留年制度なんてないだろうがっ。それにどっちにしたって、兄は兄だ」
「兄らしいとこ見たことないけどね」
「はあ?楓はもっと可愛いらしくしろっ」
その発言には、「女はこうあれ的なやつやめろ」と私が陸の頭にチョップを入れた。
列の最後尾についてから参拝できるまで、おそらくけっこうな時間を要したのだろうけど、そんなことは微塵も感じさせないくらい、楽しい時間だった。
「乃亜。何か燃やすのある?」
神に願いごとを告げ終わり、楓達と別行動中、お焚き上げの前で陸が聞いた。
「ううん。何もない」
「うい」
ぱらぱらと幾つかの御守りを炎に落とす陸。それ等がパチパチと、燃えていく。
パチパチ、パチ、パチパチ。
リラックスできる音だった。私は炎の傍にしゃがみ込む。
「陸って御守りとか持つタイプなんだね。意外」
「ああ、毎年家族で神社来るしな。なんとなく買っちゃう」
「ふうん。どんな御守り買うの?」
「色々。交通安全とか、病気平穏とか」
「へえー、想像つかない」
「一応、信仰心あるんだなあっ」
そこで会話が終わり、炎に目を移す。パチパチとランダムに奏でられる音と、不規則なその動きに心奪われて、思わず無になる。何も考えない時間が、ずいぶんと久しく感じられた。
「乃亜、寝てる?」
瞳を閉じた私に、陸が聞く。
「おーい、乃亜」
少しだけ、目を開けた。
「んーん、起きてる。気持ちいいだけ」
私のその言葉で陸も腰を下ろすと、炎に手を翳していた。
「あったけー」
このままここに、ずっといたい。
「あっちで甘酒くれたよー」
紙コップとりんご飴を携えやって来た楓達に、痺れてきた足を立たせる。
「いいな、楓の飴。どうする陸、私達も出店の方に行ってみる?」
「せっかくだし、行くか」
陸も伸びをしながら腰を上げると、財布の中身を確認した。腕時計に目を落とす陸の母。
「じゃあ、私と楓は先に家へ帰るわね。乃亜ちゃん、帰りは陸に送ってもらって」
「はーい。また今度お家行きますね。今年もよろしくお願いしまーすっ」
手を振るふたりの姿は、人混みですぐに見えなくなった。
「よし、それじゃあ酒でも飲み行くか」
「甘酒でしょー?」
「それでも酒だっ」
陸は私の手をとると、人混みを掻き分け進んで行く。私もその手をぎゅっと握った。
「え!何杯飲んでもいいんですか!」
甘酒を無料配布しているテントの下で、私は今年一番の大声を出す。
「そんなに飲んだら、気持ち悪くなるぞ」
「だって私達未成年が堂々とお酒飲めるなんて、こんな時だけじゃんっ」
「やめとけってっ」
「大丈夫大丈夫!」
正月の浮かれ気分もあってか、私は然程好んでもいないこの味を、何杯も胃に沈めていった。
「陸はもういいの?もっと飲もうよ」
「じゃあ、あと一杯だけなっ」
「たった一杯でいいの?もう少し飲めばいいのに、きゃはははっ」
「お前酔いすぎっ」
もう甘酒など一生見たくもない。そう思ったのは、帰り道だった。
「うげ」
「だから言ったろ……」
突然の嘔気に襲われて、蹲り動けずにいた私に陸は言う。
「コンビニのトイレ、借りるか?」
「やだ……吐くの疲れる……」
「んなこと言ったってどうすんだよ。じゃあ、ここで吐くか?」
「だからっ、吐きたくないんだってばっ!」
「新年からめんどい女だなーっ」
呆れた溜め息をつかれた気がした。「ほら」と陸に言われた気がした。体が宙に浮いた気がした。目の前がグルグルしてぼやけていたけれど、私のブルゾンと同じ色に掴まった。




