③
「ただいま」
夜の七時。父が帰宅した。
「お。乃亜、いたのか」
ネクタイを緩める父。今日はもう、家で過ごすということだろうか。
「お父さん、夕飯は家で食べるの?」
「そうしようかなあ」
「珍しいね。クリスマスイブに家にいるなんて」
「ああ、今日はイブか。じゃあチキンでも食べるか?そこのスーパーで買ってくるよ」
「え」
父の気紛れに驚いていると、彼は財布だけを持って、家を出た。
「乃亜とふたりだけだから、そんなに大きいのはいらないだろう」
父が購入してきたのは、サラダの上に乗ったスライスチキンと少しの惣菜。彼はビール、私は麦茶で乾杯をした。
「どうだ?受験勉強は」
テレビのチャンネルを変えながら、父は聞く。
「まあまあかな」
「そうか」
画面の中、大いに騒ぐ芸能人。
「このチキン、美味しいね」
「ああ、そうだな」
クリスマスの特番だからか、サンタのコスチュームに身を包んだモデルもいた。
「今日はどのチャンネルも、祭りだな」
「イブだからね」
「ビール、ビールっと……」
唯一ニュースを放送していたテレビ局で画面を落ち着かせた父は、二杯目のビールを台所へと注ぎに行く。注ぎ終われば、また席に着く。
食器の音。咀嚼音。事件現場の記者の声。父とふたりきりの食事は、いつからこんなに、つまらなくなってしまったのだろう。
「ごちそうさま……」
九時頃になって、父は「奈緒を迎えに行く」と、結局彼女のスナックへと出かけて行った。私はブラックコーヒーを片手に机に向かい、受験勉強。カリカリとペンを走らせる音を聞けば、理解云々に関わらず、勉強した気分にはなる。
ふと力を入れすぎたせいで折れた芯。私の心に似ていた。
「なんなの、もう……」
家族とクリスマスを過ごせても、美味しいチキンを頬張れたとしても、そこに喜怒哀楽など存在せず、代わりに味わうのは、虚無感だけ。暴力を振るわれるわけではないし、外に放り出されるわけでもないけれど。
「とうに家庭崩壊ってやつ」
改めて気付かされた現実に、涙も出ない。
✴︎
翌日。勇太君の抱える授業が終わる時間に合わせ、私は彼の塾まで行った。
「ごめんね、塾の前なんかで待ち合わせで」
「ううん。勇太君、塾お疲れ様」
「それと、本当に悪いんだけど、あと一時間後にまた授業入っちゃって、戻らなきゃいけないんだ」
ごめんと顔の前で手を合わせる彼。私よりも彼の方が落ち込んでいるように見えた。
「じゃあ、そのへんでも散歩する?」
「寒いしどこか喫茶店でも入ろうよ。俺が出すから」
「気を遣わなくていいよ。一時間しかないし、サクッと歩ける外にしよう」
怒りは微塵も湧かなかったのに、どこか素っ気ない態度にはなったかもしれない。




