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「さっ。勉強しよ、べんきょー」


 昼ご飯を食べ終えて、楓が友人と出かけた頃。鞄に潜めていた単語帳を取り出した私に、陸は嫌な顔をした。


「うげ。土曜の昼から勉強すんの?」

「そうだよ。そろそろ本気出さないと、塾も行ってない私達はまじで高校落ちるよ?」


 渋々机に向かい、参考書を広げる陸。


「勉強なんか、優等生の恋人とやれよ」


 意地が悪いその発言には、聞こえないふりをした。話題を少しだけ逸らす。


「陸はどこの高校狙ってるの?」

「俺?俺は今のとこ、妙海高校」

「え。それって凛花と一緒じゃん」

「そうなん?」

「えー、いいなあ!凛花と一緒ずるーい!」

「知らねえよそんなの。それなら乃亜も妙海にすりゃあいいじゃん」

「無理。頭いいじゃんあそこ」

「そうか?俺はギリギリ行けると踏んでいる」


 いいなと妬むと同時に、不安を抱く。


「私と陸はさ、高校行ったらあまり会えなくなるのかな」


 保育園から中学まで、ずっと同じ場所に通っていた私達が、初めて離れることへの不安。

 一気に気持ちが沈んだ私に対し、陸は伸びをし、けろりと言った。


「俺が何かしら理由つけて乃亜に会いに行くから、会えるっしょ」

「え……」

「会いたい時は、俺が会いに行く」


 顔がぼっと熱くなる。電気ケトルで沸かされた湯のように、一瞬にして温度が上がった。

 そんな私を前に、陸も恥ずかしくなったのか、彼の耳は赤くなる。


「そ、そんなことより、勉強するんじゃなかったのかよっ。ほら、やるぞっ!」


 そういうところが、愛しいと思う。

 陸の赤い耳は、私のお気に入り。



✴︎

 ✴︎

✴︎

 ✴︎

✴︎



 時の流れは止められない。期末試験の答案用紙が返されたかと思えば、明日からは冬休みへ突入する。一月に入ればもう、受験本番。


「ああ、めんどくさっ。校内の大掃除に受験生駆り出すなしっ」


 ホウキに顎を乗せ、凛花は言った。廊下の隅から隅まで、私達の班はひたすらホコリを集める。


「乃亜、今日は何するの?」

「何って?」

「クリスマスイブじゃん。菊池勇太と過ごすの?プレゼント渡しあったりさ」


 クリスマスプレゼント。それは、考えもしていなかった。


「勇太君は今日も塾だし、クリスマスを祝う約束なんかしてないよ」

「そっか。まあ、受験生なんてそんなものだよねー。私も妙海合格する為に、頑張らなきゃなあ」


 妙海、陸の志望校。もしふたり共に合格すれば、凛花はこれからの三年間、毎日学校で彼を見られる。もやっとかかる、嫉妬の霧。


「凛花。陸も妙海志望だって知ってた?」

「え!そうなの?どっちかひとりだけ落ちたら、気まずっ」

「あははっ。それはどちらかと言えば陸の方でしょ。凛花は受かるよっ。そしたらバスケの試合、応援行くね」

「乃亜ぁ……」


 ホウキを勢いよく放り投げた彼女は、私に飛びかかった。


「ありがとう!乃亜も絶対絶対、受かってね!高校別々でも、定期的に会おうね!」

「もちろんだよ」


 乗り気じゃなかった大掃除の時間でさえ、貴重に感じてしまう瞬間だった。



 帰宅して、勇太君からのメールに気付く。


『明日の夕方、会えないかな』


 クリスマスという聖なる日を、一応気にしてくれているのだろうか。


 彼に返事を送りつつ、冷蔵庫に飲み物を取りに行く。ガランとした冷蔵庫内。母が生きていた頃のこの時期は、チキンなど様々な食材で溢れていたのに。

 パタンと冷蔵庫を閉める音が響く。私と父だけになったこの家に、何の行事もありはしない。

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