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「さっ。勉強しよ、べんきょー」
昼ご飯を食べ終えて、楓が友人と出かけた頃。鞄に潜めていた単語帳を取り出した私に、陸は嫌な顔をした。
「うげ。土曜の昼から勉強すんの?」
「そうだよ。そろそろ本気出さないと、塾も行ってない私達はまじで高校落ちるよ?」
渋々机に向かい、参考書を広げる陸。
「勉強なんか、優等生の恋人とやれよ」
意地が悪いその発言には、聞こえないふりをした。話題を少しだけ逸らす。
「陸はどこの高校狙ってるの?」
「俺?俺は今のとこ、妙海高校」
「え。それって凛花と一緒じゃん」
「そうなん?」
「えー、いいなあ!凛花と一緒ずるーい!」
「知らねえよそんなの。それなら乃亜も妙海にすりゃあいいじゃん」
「無理。頭いいじゃんあそこ」
「そうか?俺はギリギリ行けると踏んでいる」
いいなと妬むと同時に、不安を抱く。
「私と陸はさ、高校行ったらあまり会えなくなるのかな」
保育園から中学まで、ずっと同じ場所に通っていた私達が、初めて離れることへの不安。
一気に気持ちが沈んだ私に対し、陸は伸びをし、けろりと言った。
「俺が何かしら理由つけて乃亜に会いに行くから、会えるっしょ」
「え……」
「会いたい時は、俺が会いに行く」
顔がぼっと熱くなる。電気ケトルで沸かされた湯のように、一瞬にして温度が上がった。
そんな私を前に、陸も恥ずかしくなったのか、彼の耳は赤くなる。
「そ、そんなことより、勉強するんじゃなかったのかよっ。ほら、やるぞっ!」
そういうところが、愛しいと思う。
陸の赤い耳は、私のお気に入り。
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時の流れは止められない。期末試験の答案用紙が返されたかと思えば、明日からは冬休みへ突入する。一月に入ればもう、受験本番。
「ああ、めんどくさっ。校内の大掃除に受験生駆り出すなしっ」
ホウキに顎を乗せ、凛花は言った。廊下の隅から隅まで、私達の班はひたすらホコリを集める。
「乃亜、今日は何するの?」
「何って?」
「クリスマスイブじゃん。菊池勇太と過ごすの?プレゼント渡しあったりさ」
クリスマスプレゼント。それは、考えもしていなかった。
「勇太君は今日も塾だし、クリスマスを祝う約束なんかしてないよ」
「そっか。まあ、受験生なんてそんなものだよねー。私も妙海合格する為に、頑張らなきゃなあ」
妙海、陸の志望校。もしふたり共に合格すれば、凛花はこれからの三年間、毎日学校で彼を見られる。もやっとかかる、嫉妬の霧。
「凛花。陸も妙海志望だって知ってた?」
「え!そうなの?どっちかひとりだけ落ちたら、気まずっ」
「あははっ。それはどちらかと言えば陸の方でしょ。凛花は受かるよっ。そしたらバスケの試合、応援行くね」
「乃亜ぁ……」
ホウキを勢いよく放り投げた彼女は、私に飛びかかった。
「ありがとう!乃亜も絶対絶対、受かってね!高校別々でも、定期的に会おうね!」
「もちろんだよ」
乗り気じゃなかった大掃除の時間でさえ、貴重に感じてしまう瞬間だった。
帰宅して、勇太君からのメールに気付く。
『明日の夕方、会えないかな』
クリスマスという聖なる日を、一応気にしてくれているのだろうか。
彼に返事を送りつつ、冷蔵庫に飲み物を取りに行く。ガランとした冷蔵庫内。母が生きていた頃のこの時期は、チキンなど様々な食材で溢れていたのに。
パタンと冷蔵庫を閉める音が響く。私と父だけになったこの家に、何の行事もありはしない。




