①
私は陸が好き、昔からずっと。保育園の頃から一緒で、家が近くて。
シングルマザーの陸の家と、子育てに協力的ではない遊び人の父を持つ私の家とで、母同士は協力し合いながら、日々子育てに奮闘していた。ひとりっ子の私にとって陸と楓と過ごす時間は、保育園での遊び時間が延長された気がして、とても楽しかった。
一緒の家に住んでいたらばいばいなんてしなくていいのに、そう思っていた時期もあった。
小学二年生のバレンタインデー。陸はクラスの女の子から、人生初めてのチョコをもらっていた。楓に「ひとくちちょうだい」と言われても無視で、私達の目の前、全て平らげた。
楓は単純に、ケチだと怒っている様子だったが、私の中には違う感情が生まれていた。陸を好きだと感じ始めたのは、この頃からだと思う。
毎日陸を目で追って、他の女の子といれば悲しくなって。小学五年生で恋だと認めた。
中学一年生の時、陸に好きだと告白をされた。嬉しいくせに、照れ臭さの方が勝ってしまい、思わず「嘘でしょ?」と言った。すると陸も「罰ゲームで告っただけ」と言った。ショックだった。
それから何度か遊びか本気かわからない告白を陸から受けたけれど、付き合う気にはなれなかった。いや、イエスと言うのが怖かった。
中学生ともなれば、恋愛に夢中になる友達も多く、次々結ばれていく。でもそんなものはすぐに壊れ、お互い外方を向くようになる。それを学んでしまった。
思えばうちの親も、陸の親も、恋愛に失敗した人間のひとりだ。本当に大事な人ならば友達でいるべきだと、そう感じた。
何人かに告白をされて、何人かと付き合った。本気の愛ではなくとも、皆に隠れてするキスはそれなりにドキドキしたし、抱きしめられる感覚も嫌いじゃない。でもやっぱり、すぐに終わった。
校内だけでもこれだけ多くの出会いがあるのに、相手が他の子に目移りしないわけはないし、私も義務化されたメールを疎ましく感じたりもした。
人生において恋愛はただの暇潰しであり、飽きたら皆、よそへいく。
しかし最近の私は、少し困惑しているんだ。
私の心が自分にないと知っていても受け入れてくれる勇太君や、何度邪険に扱われようが、私を想っていてくれる陸といると、永遠という二文字が頭にチラついてしまう。そして、心のどこかで可能性を信じてしまう自分を嫌に思う。確実なんてそんな言葉、とうに辞書から消したのに。
「乃亜?」
勇太君が、私の顔を覗き込む。
「えっと……あ、ごめん。聞いてなかった」
「ううん。この問題、難しいもんね。もっとわかりやすく言うね」
彼の部屋での受験勉強。彼は己の手を止めて、私に構ってくれる。
あれからの勇太君はキスもしてこなければ、その先も求めてこない。本当にただ、隣にいてくれるだけ。手は時々繋ぐけれど、それは外を歩いている時だけで、部屋へ一歩入れば触れもしない。陸とのことも聞いてこない。私を責めない、咎めない。優しさだけを与えてくれる。そしてそれは、心地の良いことだった。
これも愛のかたちだというのなら、ありなのだろうか。
✴︎
✴︎
✴︎
✴︎
✴︎
「このマドレーヌ大好き!美味しいよね!」
とある週末。私が玄関先で差し出した手土産を、楓は豪快に喜んでくれた。その声に、陸の母もエプロン姿で顔を出す。
「あらまあ乃亜ちゃん。お菓子なんて持ってきて、どうしたの?」
「ずっと、お礼が言いたくて」
「お礼?」
「はい。私が妊娠した時にすごく支えてくれて、本当にありがとうございました」
「そんなこと、気にしなくていいのに」
彼女は楓と目を合わせる。
「お礼なんて言われること、私達何かしたかしら?」
「してないしてなーい。乃亜ちゃんよそよそしいよぉ」
「でも」と言葉を続けようとした私の頭に、彼女はぽんと手を置くと、こう言った。
「こんな立派に挨拶できるようになっちゃって。お母さんに、報告しなくちゃね」
「あれ、陸は?」
居間で三人、世間話をする中、陸の姿はいつまで経っても現れない。楓は言う。
「お兄ちゃん昨日遅くまでゲームしてたから、まだ寝てるんじゃない?」
「え!もう十一時半だよ?」
湯気の立つ台所で、包丁を動かしていた陸の母は、苦笑い。
「乃亜ちゃん、陸を起こしてきてやって。みんなで一緒にお昼ご飯食べましょう」
これから起こすのだから、物音など気にしなくていいはずのに、何故かだかそおっと扉を開けた。
「陸ぅ?」
部屋に踏み入った途端、陸の匂い。昔よりも、男臭い。
今にもベッドから落ちそうな寝相なのに、すやすやと気持ちよく寝息を立てる陸の顔に、ふと笑みが抜けていく。床に腰を下ろして、彼の枕元で頬杖をついた。
髭が薄ら生えている。まつ毛は羨むほどに長い。髪は猫っ毛。
「んー……」
ぼんやり観察していると、陸の瞼が半分開いた。細い目が段々と丸くなって、視線がかちりと嵌まったところで、私は彼の耳を引っ張った。
「こら陸っ。いい加減起きろっ」
陸はまだ、寝ぼけ顔。
「なんでお前いんの……」
「もうお昼だよ、ご飯できるよっ」
「えー、もうそんな時間……」
まだ眠るのだと言わんばかりに、陸は私に背を向けた。
「こら、陸ってばっ」
そんな陸を強引にベッドから出そうとした手は、寝起きとは思えぬ強い力で握られた。そのまま彼は言う。
「俺を信じて、乃亜」
頬しか見えないその横顔に、胸が締め付けられた。




