表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/96

 週末、私は勇太君の部屋にいた。ソファーに腰を掛けたふたりは互いに、「あの話」を口にするのはどちらかを、探っているような気がした。


「乃亜、お菓子でも食べる?ポテトチップス、持ってこようか」


 普通に接してくれている彼だけど、口調はどこか、ぎこちない。


「ううん、大丈夫。それより勇太君、私達ってさ……」


 そこまで言っておいて、その先の言葉が喉仏で引っかかってしまう。


「あのさっ。えっと……」

「わかってる」


 彼は一度上げた尻を戻すと、ソファーに深く座り直す。


「別れ話、だよね」


 バクバク煩い心臓は、今にも爆発してこの部屋中に散らばりそう。人を傷付けることは、精神力が必要だ。だから、責めて欲しい。


 陸と私がしたこと、それは決して許される行為ではない。彼が陸に拳を向けた理由がそれならば、私だって咎められる立場にある。こんな最低な彼女と別れられてよかったと、彼にはすっきりして欲しい。


「乃亜」


 名前を呼ばれて、背筋が伸びる。


「乃亜は俺と別れたら、陸と付き合うの?」


 陸の文字に、体が萎縮した。


「そ、それはない。陸とは付き合わないっ」

「それじゃあ他に、好きな人がいる?」

「いないよそんなのっ。そういうのが理由なんじゃなくって──」


 はなから私は、終わりを意識しながら付き合っていたんだ。


 彼は私の手を握って言った。


「チャンスを下さい」


 微かに震えた唇と汗ばんだ手が、彼の緊張を物語っていた。


「なん、で……?」


 私は彼を裏切った。そして彼はそれを知っている。


「私、浮気したんだよ?それをずっと、隠してたんだよ?こんな最低な女、フってよ」

「最低なんかじゃないよ」

「最低だよっ」

「乃亜は最低じゃない」


 そう断言されて、頭の中の疑問符が濃くなって、またもや「なんで」と聞いてしまう。柔和な瞳を私に向け、彼は言う。


「愛してくれたから」

「え……?」

「俺達の赤ちゃん、最後の最後まで、愛してくれた。だから、乃亜は最低なんかじゃないよ」


 目眩(めまい)がした。勇太君がその瞬間、仏様のように見えた。


「そんな、だって私……」


 どうして逮捕されないのだろうと思っていた。命ある者を殺したのにもかかわらず、何故捕まりもしないのだろうと。一層のこと罪を償う場を与えてくれた方が、幾らか楽になれるかもしれないのに、それさえ出来なくて。


「私が産みたくないって言って、それで……」


 罰も受けずにのうのうと暮らす自分が嫌だった。愛も情もない殺人犯と変わらないと思っていた。けれど彼は、そんな私の愛を肯定してくれた。


「乃亜?」


 俯き涙を流す私の顔を、彼は覗き込んだ。


「大好きな人が愛する子を失ったばかりなのに、俺、別れるなんてできないよ」


 そう言って私を抱きしめる彼。鼻を啜る音がした。


「俺だってこんなに辛いんだ。実際に手術をした乃亜が平気なわけない。だから、チャンスが欲しい。乃亜を支えるチャンス。好きになってもらえなくてもいいから、ただ隣にいさせて欲しい」


 ヒックヒックと乱れた呼吸の隙間を縫って、私は答えた。


「また、また絶対勇太君を傷付ける……」


 陸と付き合う気など毛頭ない。だけど私は拒めない。陸のことを、捨てられない。


「だから、別れよ……?」


 もうこれ以上、自分を嫌いになりたくないんだ。


「期間限定でもいいからっ」


 抱きしめられた腕に、力がこもった。


「受験が終わるまででもいい……その時までに乃亜の心を救えない情けない男なら、そんな奴、手放してくれていいからっ」

「そんなの、できないよっ」

「お願いっ」


 魚のように、自分の目が見開いたのがわかった。


「お願い乃亜。もう少しだけ、乃亜の側にいさせて……」


 懇願する彼の胸元で、私は彼の鼓動を聞いていた。ドキドキドキドキ速く打って、律動的だった。


「乃亜、お願いっ……」


 恋愛は終わるもの、愛など続かない。そのはずなのに、何故彼は私の元を去ろうとしないのだろうか。彼の真っ直ぐな想いが、私を酷く混乱させた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ