⑥
陸の家へと勝手に行こうが、偶然会おうが、私が帰ると言えば、陸は必ず家まで送ってくれる。そして彼といる時は、遠回りの川沿いコースが多い。
「乃亜に会えてよかった。ゼリー届けにピンポンしようかと思ってた」
「電話くれればいいのに」
「電話は勇太が出る可能性があるだろっ。あれ以来、トラウマ」
陸はぶうっと頬を膨らませてみせた。
「あ、あの時はたまたま勇太君に携帯預けちゃっててっ。ごめんね、もうないから」
「絶対?」
「絶対っ」
重そうな袋を持つ手を肩に乗せて、陸は笑った。
「手術の日、決まったの?」
「決まった決まった、明日」
「おい明日かよ、報告しろよ。ゼリーこんなにいらなかったじゃん」
拗ねる陸の横顔の向こう、目を奪われるほど美しい赤に、足が自ずと立ち止まる。
「わあ、綺麗な夕陽……」
陸も足を止めて、それを見た。
「ほんとだ。真っ赤だな」
あの夕陽が沈めば、きっとすぐに明日はやって来る。ちょっと待ってはもうきかない、お腹の子とは、ばいばいだ。
「陸」
水平線が太陽のてっぺんを隠したその瞬間、私は陸の名を呼んだ。
「明日が終わって体調が戻ったら、陸の家に行ってもいい?おばさんと楓にもお礼を言いたい」
陸は「今更?」と前置きをしてから言葉を続けた。
「うちに来るのに許可とかいる?お礼もべつにいらんし。乃亜は家族同然じゃん」
ふふっと私が微笑めば、陸も小さく笑みを溢す。
「ちょっと休憩」
ゼリーがたっぷり入った袋を地面に置いて、陸は土手の段差に腰掛けた。私も隣に座り、太陽が残した陽の色が、段々と薄れていくさまを眺める。
「勇太と殴り合った理由、アイツから聞いたっしょ?」
陸は自嘲気味に言った。
「聞いてないよ」
「まじかよ、聞いてないの?」
頭をがしがし掻く陸は、ばつが悪そうだ。
「乃亜と寝たこと、バレた……」
「え」
「墓穴掘ったわ、ごめん」
その時抱いた陸に対する怒りは手に負えないものではなく、むしろスーッとすぐに、姿を消した。
「いいよ、しょうがない」
あっけらかんとした私の態度に、陸は亀の如く首を出す。
「怒んねえの?」
「それで勇太君が私に幻滅してくれるなら、お互いすっぱり別れられていいかな。ほら、あっちだって未練がない方がいいでしょ」
「そういうもん?」
「そういうもん」
辺りが暗くなる。頬を撫でる風も冷んやりとしてきた。
「そろそろ行こっか」
そう言って腰を上げた私に、陸がこんな質問を投げてきた。
「乃亜と勇太が別れたら、俺、お前に告白していい?もちろん、ゲームじゃないやつ」
夜に近い空の下、曇りのない陸の瞳から彼の決心が伝わった。イエスとも言えず、ノーとも言えず、私は曖昧に俯くだけ。
✴︎
たくさんのゼリーを冷蔵庫に入れると、空っぽだった庫内が鮮やかに彩られた。
「ずっとこのままでいようよ、陸……」
そう呟いて、ひとつを取って。静かな部屋で、ひとりで食べた。




