⑤
「ただいま……」
帰宅すると、食卓にはラップがかけられた炒め物と、冷めきったご飯が乗っていた。ネットでつわりを調べて、柑橘系のゼリーを本当に買ってきた陸を思い出す。
夕ご飯として用意されたそれ等全てをゴミ箱に放りながら、私は涙も一緒に捨てた。
「私、妊婦なんだけどっ……」
周りに優しくされればされるほど、家に帰ってからが辛い。どうやったって父との溝は埋まらない。
「手術までの一週間くらい、心配してよ……」
放っておかれるのは昔から。それは母が死んだところで変わらなかった。それなのに、どん底の時くらいは家にいて欲しいと望んでしまう。そんな自分を憐れに思った。
『乃亜。手術の日までの塾は全部休んだから、なるべく三人で一緒にいようね』
携帯画面の中。お腹の子をひとりの人間としてカウントしてくれる勇太君を尊く感じる。次に病院へ行くその日まで、赤ちゃんが死ぬその時まで、私達は許される限りの時間を三人で過ごすと決めた。
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「菊池勇太と別れるんじゃなかったの?」
手術をとうとう明日に控えた昼休み、凛花は私に聞いた。
「むしろ最近仲良しじゃん。放課後毎日デートしてるけど、恋人関係続行するの?」
妊娠の「に」の字も話していない彼女には、言えることが少ない。
「そ、そうだったんだけど、別れ話するタイミング逃しちゃって。また頃合い見て切り出そうかなって思ってる」
心配はかけたくない。凛花を含め受験生は皆、忙しいのだ。
潔さが売りの彼女は深く突っ込むこともせず、早々と話題を変えてくれた。
「そういえば、この前のあのふたりの喧嘩は何が理由だったの?気になる〜」
しかし、切り替えた話題の方向は悪かった。
「知らない、聞いてない」
「え!まじで?彼氏と幼馴染が流血したんだから、普通聞くでしょ」
私が絡んでいない保証があるならば、私だってそうしたい。
「乃亜がよくわからないわあ」
そう凛花に呆れられて、私も自分を鼻で笑う。
「意味わかんない人間だよね、私って」
勇太君と別れた帰り道。太陽が西に沈む頃。いつものコンビニへ立ち寄ると、袋を提げた陸に声をかけられた。
「うっす」
まだ微かに残っている、口元の傷。
「う、うっす」
「何買いに来たの?柑橘系のゼリーなら、もう買い占めたぞ」
その言葉で陸の持つ袋を覗く。そこに見えるは、みかんやレモンの絵が描かれた多量のゼリー。
「買いすぎっ。お金払うっ」
「いいって。母さんも買ってやれってお金くれたし」
でも、と財布を取り出すが、陸に睨まれ断念した。




