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 ざわざわと騒ぎ出した廊下に気付いた凛花が、私の席へとやって来る。


「ちょっと乃亜っ、やばいことになってる」


 そう言って、教室から小走りに出て行く彼女の後を追った。


「こら!関係ない生徒は教室に戻る!散った散った!」


 廊下に溢れ返った生徒を促す学年主任。野次馬の視線は、あるふたりの元へと注がれていた。


「陸と菊池勇太じゃん……」


 人混みの中でも確認できてしまった、双方の口元の血。陸が一足先に自身のクラスへ入室すると、私の目の前を通り過ぎた勇太君も教室へと入っていく。


 凛花が私の耳元で囁いた。


「何があったの?あのふたり」

「さあ……」


 学校でトイレに篭りたくもないので、私は考えることを放棄した。



 産婦人科の先生が目を丸くさせたのは、その日の放課後。


「あら、この方はどなたかしら?この前の彼と違うけど」


 無神経な彼女の発言に私がわたわたしていると、勇太君は「彼氏です」と、堂々と言ってのけた。


「ああ、この前一緒にいらっしゃった男の子は、身内の方だったのねっ。私、てっきり彼があなたの恋人だと思って、厳しく注意しちゃったわ。謝っておいてちょうだいっ」


 オホホと上品に笑ったところで、許さないと心に決めた。


 勇太君のご両親も一緒に中絶の説明を聞いて、手術日も決めて、その日は終わった。



 帰りのバス車内。私の隣に腰を下ろしたのは、勇太君の母だった。


「乃亜ちゃん、お父さんにも承諾書を書いてもらってね?」

「はい」

「体調はどうかしら。大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

「本当にごめんなさいね、勇太のせいでこんなことになって。お金は全てこっちでもちますって、お父さんに伝えといてもらえる?」

「え、そんな、悪いですっ」

「いいのよ。息子には代わってあげられない手術を、乃亜ちゃんが来週するんだもの。お父さんもきっと、気が気じゃないわ。せめてお金だけでも」


 父は私に興味がない。私を気にかけてくれるのはいつだって他人だ。それはとても有難いことで、感謝すべきことなのだけど、その度、胸にぽっかりと穴が開いてしまうのは、どうしてなのだろう。

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