②
その日の夜。勇太君の家を訪れて、彼のご両親に事情を説明する。彼の母は「ごめんなさい、ごめんなさい」と何度も私に頭を下げ、父は彼を怒鳴っていた。
私の父はといえば、平日の夜なんてどこかで呑んでいるに決まっていて、私の電話には出なかった。けれど勇太君の家の固定電話からかけた途端、たったワンコールで「はい」と出た。知らぬ番号はビジネス関係かもしれない。父はきっと、そう思ったのだろう。
勇太君のご両親は、私の自宅まで出向いてくれた。ほろ酔いで帰宅した父に妊娠した事実を話しても、中絶費用ばかりを気にされて、気が滅入る。それでもただひとことだけ──
「乃亜。体は大事にな」
と、親らしいことを口にしていた。それが本心なのか建前なのか、父にしか知り得ない。勇太君のご両親は、終始平謝りだった。
マンションの下で三人の背中を見送っていると、勇太君だけ反転し、こちらに向かって駆けてくる。
「どうしたの?忘れ物?」
私がそう聞くと、彼は少し切れた息を整えながら「少しだけ話せる?」と言った。
一番星がひとつ瞬く空の下、近所の広場のベンチに座る。
「乃亜、今日はありがとう。なんか丸一日かかっちゃったね。体調大丈夫?」
「平気だよ。こっちこそ勇太君のご両親にわざわざ来てもらっちゃって、ありがとう」
勇太君の口元は微笑んでいるのに、瞳には悲しみの色が見てとれた。
「俺達が大人だったら、この子の未来は変わっていたのかな……」
私のお腹に手をあてがった彼は「悔しい」と歯を食い縛った。この人は命の尊さを知っている。お腹の上の彼の手に、私も自分の手を置いた。
「ねえ、勇太君」
「うん?」
「この子の父親が、勇太君で良かった」
その言葉で、彼の瞳が揺蕩った。
「心の底からちゃんとこの子を想ってくれる、勇太君で良かった」
「乃亜……」
「勇太君ってほんと、すごいねっ」
広場では、キンモクセイの香りが漂っていた。だけど突然、勇太君の匂いしかしなくなった。
「勇太、君……」
それは、彼が私を抱きしめたから。
彼の腕の中は、秋の夜にも関わらず熱かった。そして、そのタイミングでどうしてだか。
「乃亜?」
「は、吐きそうっ」
つわりが私を苦しめる。




