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 勇太君からのメールには『この前のカフェで待ち合わせ』と書かれていた。到着すると、ドリンクを嗜む彼の姿が目に入る。


「早かったんだね、勇太君」

「十分前に着いたんだけど、何もオーダーしないで座るのも悪いかなあって思って」


 メニュー表を開くことなく、私はグレープフルーツジュースを注文した。


「体調大丈夫なの?軽い貧血だって連絡くれたけど……」

「うん、もう大丈夫。心配かけてごめんね」


 突然襲ってくる嘔気に、今日だけは見舞われませんようにと心で願う。



「体育祭、陸には負けたけど収穫もあったんだよね」


 頬杖をついた彼は言った。


「乃亜が俺の恋人だって、全校生徒の前で言えたこと」


 その朗らかな表情に、ズキンと胸が痛む。


「だってさ」と理由を述べようとしてくれた彼を、幾らか大きな声で遮った。


「ふ、ふたつ!」


 カフェにはそぐわないその音量に、彼の目が点になる。


「今日はふたつ、勇太君に言いたいことがあるの……」


 神妙な面持ちの私を前に、一気にグレーを帯びた彼。私は気を引き締める。


「勇太君の子供を妊娠しました。産むことはできないから……一緒に病院へ行って欲しい」


 彼の瞳が広がった。


「あと」


 次のひとことの方が、傷付けてしまうかもしれない。


「私と別れて欲しいっ……」


 頭を下げた視線の先に映るは、可愛いエメラルドグリーンのテーブルとグレープフルーツジュース。耳に届くさざ波のBGMは、ヤシの木と壮大な海が想像できる。


 勇太君は今、どんな顔をしているのだろうか。


「ごめん」


 長い沈黙を越えて、彼は言った。私はゆっくりと顔を上げる。


「俺がきちんと避妊をしなかったせいで、乃亜に辛い思いをさせちゃったね」

「ううん、私も悪いの」


 落ち込む彼に、胸が詰まる。


 顔の前で祈るように手を組んで、その手に額を落とす彼は、何かと葛藤しているようにも見えた。


「乃亜ごめん。今言うべき言葉じゃないとわかっているんだけど、色々頭に浮かんだ中で、一番伝えたいことだから言ってもいい?」

「う、うん」


 一体何を言われるのだろうと怯えたが、彼は私の意表を突いた。


「ありがとう」


 目を見て、はっきりとそう言われた。


「純粋に、ふたりの間でできた赤ちゃんを愛しく思った。俺と乃亜の子を、今お腹の中で育ててくれてありがとうって、そう思った」


 身篭った当の本人は、妊娠が判明したその瞬間、米粒ほどの喜びさえも抱かなかったというのに、どうしてこの人は目にも見えぬその子を愛しいと思えるのか。


「乃亜は産まないって決めたのに、こんなこと言われても困るよね、ごめん」


 ははっと申し訳なさそうに笑う彼。中学三年生とは思えぬ中身、振る舞いに、脱帽した。


 彼との最後のデートとなる今日は、葬式にも似た雰囲気が漂うだろうと確信していた。しかし彼は、感謝を口にしてくれた。そして続けて、予想だにしていなかった未来を話す。


「乃亜の家と俺の家に行って親に話したら、すぐに病院へ行こう。それと、別れの話しなんだけど……」


 彼は「ごめん」と俯いた。


「また今度でもいいかな、その話。俺達の子供の前で、そんな話したくないよ」


 その言葉は、衝撃的だった。中学生だろうがなんだろうが、自分が親であることには変わりないのだと認識させてきた。


 まだペタンコのお腹を触ってみた。普段は痩せただの太っただのの目安でしかないこの場所が、彼のそのひとことで赤子の小さな部屋のように感じた。


「お願い乃亜。その子とお別れするまでは、俺を彼氏でいさせて欲しい。我儘でごめん」


 謝らなければいけないのは私の方だと思った。お腹の子を置き去りに、自分の気持ちしか考えていなかった。

 私がうんと頷くと、彼は安心して微笑んだ。

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