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①①

「産婦人科の先生がそう言ったのね?」


 陸の母と楓が帰ってきた食卓で、私はこれまでの全てを話した。楓はひたすら俯いているし、陸の母の目は冷たかった。


「じゃあ、言わせてもらうけど」


 おばさんに怒られる。馬鹿じゃないのと突き放される。そんな不安で胸が押し潰されそうになった時だった。


「おめでとう!乃亜ちゃんっ」


 彼女はいつもの笑顔でそう言った。呆気にとられる私の前、彼女は続ける。


「乃亜ちゃんのお腹の中に赤ちゃんがいるんでしょう?素晴らしいことじゃない!」

「あ、いや、でもっ」

「母親である乃亜ちゃんが、お腹の子の命を喜んであげられなくてどうするの?」


 私の両手をとる彼女。


「乃亜ちゃんのお腹に小さな命があるんでしょう?ふふっ。想像しただけで可愛いわね」


 未成年を大幅に飛び越えて、まだ中学生である私の妊娠を、ここまで喜んでくれる人がいることに喫驚した。


「何よその先生!おめでとうが言えないだなんてひどい!産婦人科医の資格ないわっ」


 さっきまでの彼女の冷酷な目は、私に向けられたものではなかった。


「ちょっと陸!」


 しかし彼女の顔は一転、再び怒りに満ちる。


「な、なんだよ」

「あんたはちゃんと言ったの?乃亜ちゃんに『おめでとう』って!」

「い、言ってないけど……」

「あんたまさか、ネガティブなことばっかり乃亜ちゃんに言ったんじゃないでしょうね!これだからあんたは頼りにならないのよ!」


 バシッと叩かれる陸の頭。彼はその頭をさすりながら「おめでとう」とぶっきらぼうに言い、私はカタコトで「ありがとう」を返した。


 そんな私達のやり取りを見ながら微笑した陸の母は、今度は真面目な顔を作る。


「心配よね乃亜ちゃん。これからのこと」


 空気は変わり、ずんと少し重くなる。


「私はね、こればかりは正解なんてないと思うの。色々な事情があって中絶する人もいるし、喜んで出産する人もいる。産みたいのに流産してしまう人もいれば、望まないまま出産に至って、施設に子供を預ける人もいる。私がひとつ確かめたいのは……」


 真っ直ぐな瞳を向けられて、背筋が伸びる。


「乃亜ちゃんが描いている一年後の未来に、赤ちゃんはいますか?」


 しゃぼん玉のようにふわりとした彼女の口調は、命が懸かっているその問いに私が苦しまないよう、配慮してくれたのかもしれない。


「一年後の乃亜ちゃんは誰といて、何をしているかな」


 一年後、十六歳の自分。悩まずとも出てしまった答えに、涙の堤防が決壊する。


「わ、私の……」


 声を震わせた私の手は、陸が握った。


「私の一年後は高校に通っていて……コンビニで陸とお菓子買って食べて、勉強わかんないとか言いながらも、テストの前だけは頑張ってやってたりして……」


 次から次へと落ちる雫で、卓上には小さな水溜りができた。


「楓と恋バナして、おばさんとお茶飲みながらお母さんの昔話して……凛花とも遊ぶし、高校で新しくできた友達ともカラオケ行って、ばかやって。そ、その未来に……」


 水溜りは、広がっていく。


「その未来に、赤ちゃんはいないですっ」


 そう言い切ったところで、己のものではない泣き声が、真正面から聞こえてきた。顔を上げるとそこには、顔を手で覆う楓の姿。彼女はこもった声で言う。


「私も、乃亜ちゃんが高校行かないで子供を育てる未来は描けない。ごめんなさい……」


 私の為に泣いてくれる楓へ募る愛おしさに、涙が止まらなくなる。


 さめざめと泣く楓の肩に手を置いて、陸の母は言った。


「望む未来にお腹の子がいないのなら、選ぶ道はもう、ひとつしかないの」


 潤む瞳から落ちてしまいそうなものを必死に堪える彼女は、悲痛の中でも立派な大人だ。


「恋人の彼にちゃんとその思いを伝えて、彼のご両親にも話しなさい。もちろん、乃亜ちゃんのお父さんにもね。未成年の手術は、本人の意思だけではできないから。お金もかかることだしね」


 自分のお腹に手を添えた私は、罪悪感を感じていた。

 無知だった私の行動のせいで、ひとつの命が生まれて消える。命の大切さなんか、大好きな母を亡くしたあの日に目一杯痛感したはずなのに。


 落涙は止め処なく。陸がくれたティッシュもすぐに浸みた。陸の母は続ける。


「その選択が間違っているだなんて、私は絶対思わないわよ。今、乃亜ちゃんが流しているその涙は、お腹の子をちゃんと愛している証拠だもの」

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