表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/96

 私をマンションの下まで送ったくせに、陸は自動ドアに挟まれながら、私の手を掴んで引き止めた。


「やっぱり俺んちこい。心配すぎる」


 その手を振り解くでもなく、かといって握り返すわけでもなく、陸に連れられるがままに足を進めた。


✴︎


「母さん達、まだ帰ってきてないな」


 帰宅早々、陸は冷蔵庫を漁っていた。


「腹減ったあー。乃亜も昼ご飯何か食えそう?」


 さっきまでゴミ箱を蹴り上げていた人間だとは思えぬほど、彼はまた平然を取り繕う。


「お。うどん」


 私の食欲も確認なしに、彼は三玉茹でた。


「いただきます」

「おう」


 茹でただけの素うどん。


「どう?」

「どうって。うどんの味だけど」

「ははっ。だよな」


 空腹感などこれっぽっちもなかったけれど、ほとんど味のしない素うどんは、つわり中の私にはちょうど良かったのか、思いの外たくさん食べられた。


「美味しいよ、陸が茹でたにしては」


 そう言う私に、彼は微笑んだ。



「コーヒー飲むか?」


 洗い物をしながら陸は聞いた。


「ううん。いらない」

「そっか」


 蛇口をキュッと閉めて、コップにペットボトルの水を注ぐ陸。それをふたつ食卓に運ぶと、彼は楓の部屋を見た。


「昨日さ、楓に聞かれたんだ。『乃亜ちゃん妊娠してるの?』って。誤魔化そうと思ったけど、俺もろに顔出たっぽくって、悪いけどバレた」


 あれだけ大声を張ってしまったんだ。仕方ない。


「結果出るまでまだわからないって言っておいたけど、なんか楓、すごく落ち込んじゃってさ。『絶対教えて』って言われた。久しぶりにアイツのあんな真剣な顔見たわ」


 陸は水をひとくち飲むと、前のめりになった。


「乃亜。俺達ガキだけじゃ、答えなんか出ないよ。俺の家族全部巻き込んだっていいから、母さんに相談しよう?」


 そんなことを言えば、陸の母に嫌われてしまうかもしれないと懸念した私は、言葉に詰まる。


「楓も母さんも、乃亜を本当の家族みたいに思ってるんだよ。一緒に悩ませてやってよ」


 闇の底。手を差し伸べる陸の隣から、もうふたつの手が見えた気がした。


「母さん達、そろそろ帰ってくるって」


 数十分後。携帯電話を操作しながら、陸は言った。私は口元を押さえていた。


「乃亜?」

「ごめん、吐くっ」


 トイレの中、陸は私の背中をずっとさすっていてくれた。ハアハアと荒い呼吸の合間、せっかく陸と一緒に食べたうどんが便器に流れていくのが見えて、涙が出た。


 洗面所で口をゆすぎ居間へ戻ってくると、携帯電話片手に何やら顰め面の陸。


「陸、何してるの?」

「『つわり』で検索してた」


 陸は画面を指でなぞる。


「人によって気持ち悪くなる臭いや、苦手になる食べ物が異なるんだって。だから全然参考にならなくて困ってた」


 お腹の子は陸の子ではないのに、一体彼はどこまで世話を焼いてくれるのだろうか。


「お、乃亜見て!柑橘系の食べ物でつわりを乗りきった人がいるって!ゼリーも食べ易いのか。後で買ってこようぜ」


 真剣でしかない陸の横。くふふと笑いを堪える私に彼は聞く。


「なんで笑ってんの?」

「だって陸、旦那さんみたいなんだもんっ。妻の初めての妊娠にあたふたする、新米夫っ」


 笑いの止まらぬ私とは対照的に、陸は耳を赤く染めた。


「わ、笑うならもう調べてやらんっ」

「ごめんごめんっ」


 陸の手をもし掴むことができたなら、未来は明るいのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ