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 勇太君は足が速い。お題が書かれている用紙へと、一番に辿り着いていた。


「おお!菊池勇太はっやっ」


 はしゃぐ凛花の隣、未だに火照る身を抱える私は、これをどう静めようかと悩んでいた。


 俺のことだけを応援していればいいから。


 陸の言葉が、反芻して止まらない。


 紙を開いた勇太君は、うんとひとつ頷くと、目標定めて走り出す。


「え、こっち来てない?」


 凛花の言葉通り、彼は一直線に、私達がいる生徒席へと駆けてきた。


「クラスの友達とか、そういうお題かな」


 校庭中央から全力疾走。ワープにも似たスピードで目の前へやって来ると、彼は叫んだ。


「乃亜、来て!」


 想像だにしなかった自分の名に驚き唖然としていると、周囲の視線が一気にこちらへ向けられる。


「……え。わ、私?」


 己を指さし彼に聞く。


「そうだよ!早くっ」

「え、え。なんのお題……」

「いいからっ」


 いつまでも尻を上げぬ私に痺れを切らせた彼は、椅子の隙間を縫ってすぐそこまで来ると、私の手を引っ張り立たせる。振り返り、彼が確認するのは敵の動き。


「やばいっ」


 彼が焦慮したのは、お題をクリアした紅組のひとりが、ゴールテープへと走る姿が目に飛び込んだから。


「乃亜ごめん。俺ひとりで走った方が速いかも」

「えっ?」


 どういう意味かと問う間もなく、ひょいと宙に浮く体。


「ちょ、ちょっと勇太君!」


 いわゆるお姫様抱っこというかたちで私を抱えた彼は、それと同時に足へとギアを入れた。乱暴に頬をこする風、どんどん上がるスピード。恥ずかしい気持ちに恐怖も相まって、私は彼の胸元へ顔を(うず)め隠した。



「怒涛の追い上げ!白組、一位でゴール!」


 勇太君の瞬足に会場が湧く。ヒューヒューと揶揄うような声援も、そこら中から聞こえてきた。


「勇太君おろしてっ」

「ああ、ごめんごめん」


 ゆっくりと地に足が着く。それでも未だ、ふわふわしていた。


「答え合わせをします!紙にはなんと書かれていましたか?」


 進行役の生徒が勇太君にマイクを向けると、彼は息を整えながら、落ち着いて答えた。


「『大事な人』と書かれていました」

「では、ここに連れてきた彼女はあなたにとって──」


 その瞬間腰に回された手で、ぴたりと彼に引き寄せられる。


「大事な恋人ですっ」


 笑顔の彼とは対照的に、私は頭を抱えるほかにない。しかしそれもはたから見れば、ただの恥じらいとしか認識されず、たくさんの拍手を贈られた。


「末永くお幸せにぃ!」


 最後、名も知らぬ進行役の生徒が放った言葉には、三角の目を向けておいた。



「お、おかえり乃亜……」


 複雑な表情の凛花に迎えられ、私は席に着く。


「菊池勇太、大胆だね。全校生徒の前で堂々と彼女紹介とか、すごっ」


 明後日別れる予定の彼氏との交際宣言。これは緊急事態にも近い状況だ。


「どうすんのよ……」


 項垂れたまま、地面に嘆く。


「こんなことしたのにフったりしたらもう、全生徒敵にまわすじゃんっ。あの時のこのこ出て来たくせにって、お姫様抱っこで見せつけたくせにって」

「の、乃亜落ち着いて」


 平常心でなどいられない。今すぐ地中深く穴でも掘って、皆の心からこの出来事が消去されるまで身を潜めていたい。


 絶望したまま午前の部は終わり、昼休憩に入った。

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