④
勇太君は足が速い。お題が書かれている用紙へと、一番に辿り着いていた。
「おお!菊池勇太はっやっ」
はしゃぐ凛花の隣、未だに火照る身を抱える私は、これをどう静めようかと悩んでいた。
俺のことだけを応援していればいいから。
陸の言葉が、反芻して止まらない。
紙を開いた勇太君は、うんとひとつ頷くと、目標定めて走り出す。
「え、こっち来てない?」
凛花の言葉通り、彼は一直線に、私達がいる生徒席へと駆けてきた。
「クラスの友達とか、そういうお題かな」
校庭中央から全力疾走。ワープにも似たスピードで目の前へやって来ると、彼は叫んだ。
「乃亜、来て!」
想像だにしなかった自分の名に驚き唖然としていると、周囲の視線が一気にこちらへ向けられる。
「……え。わ、私?」
己を指さし彼に聞く。
「そうだよ!早くっ」
「え、え。なんのお題……」
「いいからっ」
いつまでも尻を上げぬ私に痺れを切らせた彼は、椅子の隙間を縫ってすぐそこまで来ると、私の手を引っ張り立たせる。振り返り、彼が確認するのは敵の動き。
「やばいっ」
彼が焦慮したのは、お題をクリアした紅組のひとりが、ゴールテープへと走る姿が目に飛び込んだから。
「乃亜ごめん。俺ひとりで走った方が速いかも」
「えっ?」
どういう意味かと問う間もなく、ひょいと宙に浮く体。
「ちょ、ちょっと勇太君!」
いわゆるお姫様抱っこというかたちで私を抱えた彼は、それと同時に足へとギアを入れた。乱暴に頬をこする風、どんどん上がるスピード。恥ずかしい気持ちに恐怖も相まって、私は彼の胸元へ顔を埋め隠した。
「怒涛の追い上げ!白組、一位でゴール!」
勇太君の瞬足に会場が湧く。ヒューヒューと揶揄うような声援も、そこら中から聞こえてきた。
「勇太君おろしてっ」
「ああ、ごめんごめん」
ゆっくりと地に足が着く。それでも未だ、ふわふわしていた。
「答え合わせをします!紙にはなんと書かれていましたか?」
進行役の生徒が勇太君にマイクを向けると、彼は息を整えながら、落ち着いて答えた。
「『大事な人』と書かれていました」
「では、ここに連れてきた彼女はあなたにとって──」
その瞬間腰に回された手で、ぴたりと彼に引き寄せられる。
「大事な恋人ですっ」
笑顔の彼とは対照的に、私は頭を抱えるほかにない。しかしそれもはたから見れば、ただの恥じらいとしか認識されず、たくさんの拍手を贈られた。
「末永くお幸せにぃ!」
最後、名も知らぬ進行役の生徒が放った言葉には、三角の目を向けておいた。
「お、おかえり乃亜……」
複雑な表情の凛花に迎えられ、私は席に着く。
「菊池勇太、大胆だね。全校生徒の前で堂々と彼女紹介とか、すごっ」
明後日別れる予定の彼氏との交際宣言。これは緊急事態にも近い状況だ。
「どうすんのよ……」
項垂れたまま、地面に嘆く。
「こんなことしたのにフったりしたらもう、全生徒敵にまわすじゃんっ。あの時のこのこ出て来たくせにって、お姫様抱っこで見せつけたくせにって」
「の、乃亜落ち着いて」
平常心でなどいられない。今すぐ地中深く穴でも掘って、皆の心からこの出来事が消去されるまで身を潜めていたい。
絶望したまま午前の部は終わり、昼休憩に入った。




