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 体育祭当日。父の鼾が響く玄関で、母の遺影に微笑みかける。


「行ってきます」


 そう言えば、行ってらっしゃい、と聞こえてくる。


 ✴︎


「イエイ!一位!」


 短距離走を終え席に戻ってきた凛花は、ピースサインの満面笑顔。


「すごい大差だったねえ」

「元バスケ部をなめんじゃないわよっ」


 部活時代の壮絶な練習話に耳を傾けていると、ポスッと頭にあたる何か。振り向けばそこには、メガホンを手にした陸がいた。


「え、あ、り、りり陸……」


 彼と真面に対話するのはあの一件以来。真顔の彼を前にどう反応しようか困っていると、テンションマックス中の凛花が助け舟になってくれた。


「陸見てた?さっきの私の走りっ」

「見てねえよ。俺紅組だし、白組のお前等に興味ない」

「ひっどーい!超速かったのに〜」


 そんなやり取りに笑いが溢れる。緊張が僅かに解けるのがわかった。


 陸の視線がこちらに向けられる。


「乃亜のハードル、次だろ」

「ああ、うん」

「気をつけろよ。お前どんくさいから転ぶぞ」

「うるさいなあっ」

「ははっ」


 鼻で笑って、陸は自身の席へと戻って行く。その背中に舌を出したのは凛花だった。


「私の走りは見ないのに、乃亜の心配はするんかいっ。幼馴染愛でっか過ぎ!」


 私はまたクスクス笑う。陸が普段通り接してくれたことが、嬉しかった。


「菊池勇太と次に会う日、決まった?」


 辺りをキョロキョロと警戒しながら、凛花は聞いた。


「明後日の月曜日」

「そうなんだ。まじでその日に別れるの?」

「うん」

「やっぱり乃亜は恋愛続かないねー。菊池勇太、どんまい〜」


 グレー一色の空を見上げれば、傷付いた顔の勇太君が浮かび上がる。それに切なくなる自分は、本当に勝手な人間だ。


✴︎


「見事に倒してたな!ハードル全部!」


 陸にそう指さし笑われたから、私は彼の腹に拳を放った。


「ジャンケンで負けて出ただけなんだから、仕方ないじゃんっ」

「それでも一個くらいは飛び越えろよ。どうやったらあんなにバコバコあたる」

「知らないよ、うるさいなあっ」


 黙らせようと、蹴りも一発お見舞いしてみるが、陸の揶揄は止まらない。


「乃亜が白組じゃあ、俺等紅組の勝ちだな」


 ケタケタといつまでも楽しそうだ。

 しかしそんな彼をピタッと静止させたのは、風に乗って届いた爽やかな声だった。


「乃亜おつかれ。ハードル残念だったね」


 白の鉢巻きを額に括りながら、柔らかに微笑む勇太君。陸の片目は細まった。私は聞く。


「借り物競争のスタンバイ?」

「そう」

「頑張ってね」

「ありがとう」


 どこか視線が合わないなと感じるのは、私の気のせいだろうか。


「なあ、陸」


 いや、はなから彼は、陸に用があったのかもしれない。


「午後の騎馬戦、今日も俺が勝つから」


 一瞬にして、凍てつく空気。


「俺さ、陸には絶対負けたくない理由ができちゃったんだよね」

「なんだよ、理由って」

「知ってるくせに」


 そこで初めて、勇太君はきちんと私を見た。


「今日は俺を応援してね、乃亜」


 そう言って、競技のスタンバイ場所に向かう彼。恐る恐る、陸の顔を覗き込む。


「乃亜が誰を応援しようが勝手だろっ」


 遠ざかる勇太君の背を見つめ舌を弾く陸は、不快を露わにしていた。


「た、ただの体育祭だよ?そこまで真剣にならなくても……」

「いや。ぜってー勇太に勝つ」

「そんな本気出したら、怪我するって」


 肘でとんと陸を小突いたその腕を、彼は掴んで言う。


「お前は今日も、俺のことだけを応援していればいいからっ」


 その腕から、見つめられた瞳から、ぽっぽと体が熱くなっていくさまがわかった。

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