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「と、図書館で一緒に勉強したいっ」
図らずとも上擦った声に彼は反応し、頭を上げた。
「なんで?」
「毎回勇太君の家にお邪魔しちゃ悪いしっ」
「なんだそんなの。構わないよ?」
また流される。彼の部屋に行けば、あの雰囲気に逆らえなくなってしまう。断るなら今しかない。
「家だったら、遊ばないっ」
目を合わせる勇気まではなかったから、スカートの上に乗せられた自分の拳を見て言った。その態度は、彼の心を抉ってしまう。
「ごめん乃亜。もう絶対にキスマークなんてつけないから。俺のこと嫌いにならないでよ」
そこだけが問題なんじゃない。私の気持ちが、そもそも中途半端だったんだ。
「ごめん乃亜。ごめんね」
彼の謝罪に「いいよ」と言えば、また家に誘われてしまうのだろうか。それが怖くて黙っていると、彼は私の首に触れた。
「まだ赤い?見せて」
「だ、だめ、触らないで!」
パンッと私に叩かれた彼の手が、行き場を失くし宙で止まると、彼も刹那静止した。
フォローも弁解もできずに、交わる視線。彼の瞳の中、どうして私の方が泣きそうになっているのだ。
「と、とにかく来週は図書館で会おっ。またメールするねっ」
捨て台詞のようにそれだけを告げて、ガンガンと駆け下りた階段。彼は私の拒絶を、どう捉えただろう。
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火曜日、放課後の図書館。利き手同士がぶつからぬよう、勇太君は左、私は右に座る。
「俺の顔、何かついてる?」
「う、ううん」
「あははっ。じゃあそんなに見ないでよ」
何も聞いてこない彼を横に、勉強など全く手につかない。
「勇太君」
「何?」
「私に言いたいこと、ない?」
「え。ないよ?」
本音なのか取り繕っているだけなのか。彼の気持ちを探りながら過ごす時間は窮屈だった。
金曜日も彼に誘われて、放課後を図書館で過ごす。明日はもう、体育祭。
帰り道。繋がれたふたりの手を客観視してしまう。もうすぐこの手を離すと決めていながら何食わぬ顔をしているなんて、悪魔よりも酷い。
「明日の体育祭、乃亜はなんの選択競技にしたの?」
彼は朗らかに言った。
「ハードルだよ。苦手なのに、ジャンケンで負けて」
「ははっ。確かに乃亜がハードル跳ぶとこ、想像つかないかも」
「勇太君は借り物競走だっけ。去年も出てなかった?」
「うん。去年のお題は『眼鏡をかけた小学生』」
「あははっ。いた?」
「いたけど一年生くらいの子で、途中で泣かれちゃったよ」
「ああ、そうだったかも。今年は簡単なのがいいね」
何気ない会話。彼に別れを告げた後も、こんな風に関われるだろうか。
家路別れる交差点。
「じゃあ、次は体育祭終わりの月曜日にでも」
「うん。振替休日だし、私は何時でもいいからね」
「わかった。また時間は追って」
ばいばい、と互いに言えば、ふたつの手が離れていく。もう二度と、私がこの手を掴むことはない。




