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 握りしめていた小石がするりと落ちる。その手はそのまま、首元に。


「あー、これ?猫に引っ掻かれたのっ」


 平然を装ったつもりだったが、声は手本のように裏返った。


「乃亜んち、猫いねーじゃん」

「ち、違う人の家のっ。猫みたいなやつっ」


 少し間を置いてから、陸はまた聞いた。


「それ……信じた奴いる?」


 ごくんと唾を飲む。陸の冷めた目が、私の喉仏を見ているような気がした。

 


 いらっしゃいませやありがとうございましたなど、扉が開いては時折聞こえる店員の声をしばし耳にして、最後にクシャッとチキンの袋を丸める音がした。


「それ、キスマークじゃねーの?」


 一瞬にして血の気が引く。


「今日の騎馬戦、あ、勝てるわって思って勇太の帽子掴みにいったら、アイツの首にキスマークみたいなのついてんの発見して、思わずバランス崩した」


 動悸がする。呼吸がしづらい。


「そしたら見事に落馬しちった」


 ハアハアと、懸命に酸素を取り入れる。


「ねえ乃亜。そういうことなの?」


 お願い、聞かないで。


「勇太とヤッたの?なあ乃亜、答えろよ」


 耳を塞ぎたくなる現実に、頭がずんと膝に落ちた。



 遠くで誰かの楽しそうな声がする。陸も私も何も言わぬまま、沈黙が流れていく。長く続く静寂に、黒目だけを動かした。


「陸……?」


 顔を上げた視界には、項垂れた頭を腕に閉じ込めた陸の姿。


「好きになれたんだな、勇太のこと……」


 くぐもった声でそう言われ、身の毛がよだつ。勇太君を本気で好きだなんて、思われたくない。


「好きになれたらいいなって、そう思ってるだけっ」


 身勝手な思いが口をついて出た。その言葉に顔を上げた陸は、私の両肩を掴んで揺さぶった。


「好きになれたらって何?じゃあ今は?今はまだ好きじゃないってこと?」


 軽蔑する彼の双眸が、胸を貫く。


「お前、好きでもねーのにヤれんの?そんなの、気持ちよくもなんともねえじゃんっ!」


 人生一度きりの初体験をそんな風に言われては、乙女心が黙っていられなかった。


「そんなことないよ!ドキドキしたもん!」


 私は陸を睨みつけた。彼も同じ瞳を寄越す。


「じゃあ勇太のこと、好きなんだな?」

「好き、になれるかもしれない」


 こんな曖昧な態度しかとらぬ私に、陸はとうとう怒りを露わにした。


「んだよ、肯定しろよ!」

「痛い!」


 肩を掴む手に力を込められて、戦慄が走る。陸との喧嘩など今まで腐るほどしてきたけれど、今日のは違う。少年から男の体つきになった彼にはもう、抵抗のしようがない。


「い、痛いよ陸……」


 けれど、陸に怯える自分にも鳥肌が立ってしまう。彼をここまで怒らせたのは紛れもなく自分自身なのに、何を警戒しているのだと。


 上顎を(はじ)きながら立ち上がった陸は、店内へと消えて行った。


「最低だ、私のばか……」


 小さく零す、己への愚痴。ぐらつく気持ちが、台詞の邪魔をする。

 私は勇太君が好きなの。たったそれだけでいいのに。

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