⑦
「美味しかったっ。幸せ!」
勇太君お勧めケーキは絶品だった。いつまでもフォークを噛み締める私に、彼はとろんとした瞳を向けてくる。
「乃亜、クリームついてる」
「どこ?」
指で口元を拭って聞くと、彼は「ここ、ここ」とそこに唇をあてがった。
「今日の乃亜、ぶどうよりも甘い……」
その言葉で、全身が毛羽だっていく。
「ゆ、勇太君っ。勉強は?」
「勉強?やるよ、やる。でもその前に──」
ひょいと彼に抱えられ、ベッドへふんわり置かれると、角張った彼の手が、順に私を露わにしていく。
下唇をグッと前歯で噛んだ私は、彼とひとつになるその瞬間の覚悟を決めていたのに、今度は痛みなくするりと受け入れた自分がいて、心底驚愕した。
「あっ」
首にまたもや勇太君の唇が触れる。
しまったと後悔をした。やめて欲しいと言いたかった。だけど今だけはこの快楽が全てで、そんな気持ちは遠くへ葬られてしまったんだ。
ことが終わり、まだ息の整えきれない私を、彼は後ろから抱きしめる。
「乃亜、大丈夫?痛くなかった?」
優しく頭を撫でながら、聞いてくれる。
「うん。大丈夫」
彼の顎が、私の肩へちょこんと乗せられた。吐息にくすぐったさを感じれば、我に返る。
「あ、あの勇太君っ。もしかしてさっき、キスマークつけた?」
「あ。つけたかも」
そう言って、彼は私の髪を掻き分け確かめた。
「ごめん。けっこうガッツリつけちゃってる。まずかったかな、ごめん」
瞬時にテンションが下がった彼に、どうしてだか私の方が申し訳なくなってしまう。
「い、いいのいいのっ。でも、今度からは見えないとろこにつけて欲しいなぁって」
「見えないところならいいの?」
私の体をくるんと返し、真正面に来た彼は、つぶらなその瞳をぱちぱちさせた。
「う、うん」
この返事は本心ではなくて、流れに逆らう勇気がなかっただけ。
「じゃあ、手上げて」
今度は私を仰向けに、片手をとった彼。脇に近い箇所を愛でられて、思わず滑稽な笑いが抜けていく。
長く押しあてた唇を離し、そこに浮かび上がる痕を確認すると、彼はずいと顔と顔を近付けた。
「ねえ、乃亜も俺につけてよ」
「え」
「俺は見えるとこがいいから、ここに」
指でとんとんと指定されたのは、彼の耳のすぐ真下。サイドの髪がかからない、そんな場所。
「俺は乃亜のものっていう、証ね」
この甘い雰囲気を壊す度胸など持ち合わせていない私は、彼に抱きしめらた腕の中、懸命にそこへ吸いついた。
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翌日。首に絆創膏を貼り付け登校した私に、凛花は言った。
「何それ」
「ね、猫に引っ掻かれた」
「乃亜んち、猫なんか飼ってないじゃん」
今日の一限目は体育の授業。肩までつく髪の毛は纏めなさいと、普段から口酸っぱく言う先生が担当だ。
「髪の毛結びたくない」
「乃亜のそんな長い髪そのままにしたら、ハサミで切られるよ?」
「ジャージ、着ようかな……」
「それは暑いよまだ。今日は学年全体の体育祭練習だから、二時間は校庭だってば」
昨日の自分を咎めるだけで、今この瞬間の解決策は見出せない。
「乃亜、おはよう」
校庭での各自ストレッチ中、勇太君は私の元へ来た。昨日のようなことがあった次の日は、彼の目を直視するのも難しい。
「お、おはよ」
「あれ。乃亜、絆創膏貼ったの?」
指でそっとそこに触れられて、思わず後ずさる。
「ゆ、勇太君は貼らないの?」
パッと見ただけでもわかってしまう、彼の耳のすぐ真下。
「俺?俺はこのまんま」
「私、絆創膏まだ持ってるからあげようか?」
「なんでよ、言ったじゃん。俺は見えるとこがいいんだって。だからこれで、いーのっ」
これではまるで「私達ヤリマシタ」だ。
周りの視線が気になってしまう。女子から人気がある彼とは並んで歩くだけで、こそこそと後ろ指をさされているのも知っている。彼はどうしてこんなにも、私が自身の彼女だと周りに知らせたいのだろう。一体誰に、知らしめたい?
そんな私の胸中とは裏腹に、彼はひとり、上機嫌。
「じゃあまた後で。女子の演技練習、頑張って」
笑顔の彼に私も同じ顔を作って、女子の練習に交ざった。




