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教室の出入り口。扉に手をかけた陸。
「「り、陸っ!」」
意図せずとも揃うのは凛花との声。
どこから聞いていた、いつからそこにいた。話題を変える前のあの話は、耳にしていないだろうか。彼女もきっと、私と同じことを懸念し、慌てたのだろう。
廊下に半分置いていた身を、全て教室に入れる陸。
「何してんの、帰りもしないで」
「り、陸こそ。帰んなよっ」
「担任に居残りさせられてた。何話してんの」
「え、えーっと……」
今にもパニックで卒倒しそうな私に代わり、凛花はバスケの速攻にも似たスピードで、陸の元へと駆けて行く。
「私の進路相談してただけ!バスケ強い学校、幾つかピックアップしたりして!」
「ふぅん。そうなんだ」
「行きたい高校は乃亜にしか言ってないから、陸には内緒内緒!ほら、帰った帰った!」
「え。おいっ」
陸をぐぐっと押して強引に教室から追い出すと、すぐさまピシャンと扉を閉める。親指を立て微笑み合ったのも束の間、重苦しい空気が漂った。
「陸に聞こえてないよね?乃亜と菊池勇太の昨日の話」
聞こえていないと願いたい。
✴︎
憂鬱な気分で帰宅すると、出勤前のメイクに追われている奈緒さんがいた。
「あら、乃亜ちゃんおかえりー」
「ただいま」
居間に入ってすぐ目に飛び込むは、食卓に置かれた二千円。
「またお父さん、帰ってこないの……?」
パタパタとファンデーションをあてながら、彼女は言う。
「今週は仕事の付き合いで忙しいから、それでご飯食べてってお父さんが言ってたわよ」
どうせ奈緒さんの店に行くだけ、遊びたいだけ。一週間全てが付き合いで埋まるわけがない。
「ふうん」
二枚の札を雑に掴むと、制服のポケットにねじ込んだ。そんな私の態度を見て、自身の財布を開く彼女。差し出される千円札。
「それじゃ足らないわよね。これも使って?」
「は?」
これが親子ならば「ありがとう」で終わるのかもしれないけれど。
「もらえない。他人の奈緒さんから、お金なんて受け取れない」
そう冷たく突き放すことしかできないのは、私と彼女が家族ではないから。
分かり易くしゅんとした彼女は、その千円札をそっと卓の上に置く。
「ごめんね乃亜ちゃん。私は夜の仕事をしているから、いつも夕ご飯一緒にできなくて。寂しい思いさせて、ごめん」
半端なメイクそのままに、荷物をまとめた彼女はヒールの高い靴で家を出た。
「べつに、奈緒さんが謝ることじゃ……」
奈緒さんは、あんな父の彼女にしては良い人で、私を蔑ろにはしない。もし仮に、彼女が近所の人や友人の母親だったとすれば、私はもっと違う接し方ができたのかもしれない。だけど。
『お父さんが好きになったお母さん以外の人』
そのレッテルを取らない限り、私は彼女に甘えられない。




