⑧
「なんなのよお。寝かせてよお」
私はまた、瞳を閉じる。陸は私の目の前までやって来る。
「おい何してんだよ、学校終わったぞ」
「今日一日中こんな感じだよ〜」
凛花はまた、うちわで私を突つく。
「どうしようもねえなあ。おい乃亜、歴史日本漫ガタリ、今日うちにとりくるか?」
そのタイトルは、私を覚醒させる魔法の呪文だ。ガタンと勢いよく椅子から立てた。
「行く!」
陸の家の玄関前。その漫画を受け取れば、気分は高揚。
「ありがとう陸!読むの楽しみ!」
ほんのり両耳を赤く染めた陸は言う。
「うちで読んでいけば?乃亜が家に帰りづらい日は、少しでも帰宅遅くしていけばいいじゃん。帰りは俺が送るし」
何も聞かないくせして、私のことをちゃんと気にかけてくれている。心がぽっと温められる。
「じゃあそうしようかなっ。でも、読書の邪魔しない?」
「しねーよ、お前は素直じゃねえなあっ」
「もー」と嘆きながらも揃えたスリッパを差し出してくるから、本で顔を隠して笑った。
漫画を読んでいるその間、陸は無言を貫いた。数十分後、私の方から話しかける。
「やばい。早く続きが読みたいんですけど」
ゲーム中だった陸は、ポーズボタンを押す。
「まだ半年は新刊出ないぞ。続きが読めるのは、中学卒業してからかもなあ」
「遠い〜」
「意外とすぐだよ、そんなの。乃亜は高校どこ行くか決めた?」
「迷ってる」
「どことどこで?」
「違くてっ。行くか行かないかでっ」
私のその言葉に、陸は思い切り顔を顰めた。
「は?まじかよ、行かないつもり?」
「う〜ん……どうしよっかなあ」
再度開いた本へ目を落とし始めると、陸の声が歪んだ気がした。
「おい、ちゃんと答えろよ。どうすんの?」
進学とか、未来とか、将来とか。そういった類の話は鳥肌が立つ。
「まだ決めなくていいじゃんそんなの。今二ターン目読んでるから、静かにしててよ」
はあっと息をついて、壁にもたれて体育座り。膝の上でページを捲っていると、コントローラーを荒く放った陸が、その本を奪って言った。
「乃亜が高校に行くって言うまで、もう読ませない」
私の目線でぶらぶらと、本を揺らす。
「か、返してよっ」
咄嗟に伸ばした手はひょいと彼に容易く避けられ、空を切るだけ。
「だって何すんの。高校行かねーで働くの?お前の今後を言え」
真剣な瞳を寄越されて、思わずたじろぐ。
「……それは考えてない、けど」
「じゃあ高校行けよ、心配かけんな」
後ろは壁。ぐいと陸に距離を詰められれば逃げ場はなくなる。
「でも、べつにやりたいこととかないしっ」
「そんなのこれから見つければいいだろっ。高校在学中に将来の夢とか見つかるかもしれねえ。高校行っとけばよかったって、俺は乃亜に後から思って欲しくねえ」
言い返す言葉を探す。陸を黙らせる、反撃のひとことを。
「高校、行く?」
これ見よがしに、私の頭上で本を行き交わせる陸。私の性格を熟知した上での行動だ。
「い、行くよ、高校行く!だから返して!」
がしっと陸の腕を掴んで動きを止めた。途端に不敵な笑みを浮かべた彼は言う。
「返せっていうか、俺のだから」
二ターン目は、ちっとも頭に入らなかった。




