⑤
「乃亜ちゃんっ」
陸の自宅。真っ先に出迎えてくれたのは、パジャマ姿の楓だった。
「楓ごめんね。こんな時間に」
「全然!十時なんてうち誰も寝てないしっ」
「ありがとう」
手を洗い、食卓に腰を掛けさせてもらうと、自室から出てきた陸が目に入る。
「ど、ども。お邪魔してます、です」
どこかぎこちない挨拶をすると、彼は言った。
「歴史日本漫ガタリの最新刊読んだ?」
陸もまた、彼の母と同じ。私に一切理由を聞かない。
「よ、読んでない……発売されたの?」
「今日ゲットした。もう読んだから、貸してやろっか?優しいだろ」
にししと得意げな陸の顔。この家族といると、心の氷が溶けていく。
「乃亜ちゃんって、今日泊まるの?」
蕎麦を啜る私に楓が聞いた。
「お蕎麦食べたら帰るよ。明日も学校だし」
「えー、もうこんな時間なんだから泊まっていけばいいのに」
「着替えもないし、悪いよ」
「私のパジャマ貸すから!」
彼女は私を気にかけてくれているのだろうか。それともただ単に、お泊まり会気分で誘っているのか。どちらにせよ、私が嬉しく思ったことに変わりはない。
楓のしつこい懇願に、陸の母は私の宿泊を許可した。ただし、父に一報入れることを条件に。
夕飯時はわあきゃあと女だけで盛り上がり、陸とは大した会話もしなかった。
「陸、おやすみ」
「じゃあなあー」
楓の部屋の前、陸に手を振ると、彼も自室へ戻って行った。
楓に借りた充電器に携帯電話を繋げながら、私は父へとメッセージを作成する。
『今夜は陸の家に泊まります。明日の朝に帰ります』
画面を覗いた楓は言った。
「なんかこれ、お兄ちゃんとお泊まりして、朝帰りするみたいだね」
「え、そうかな?じゃあ、こう?」
『陸と楓とおばさんと寝てから帰ります』
再び画面を覗く彼女。
「なんか変だけど。ま、いいんじゃない?」
あははと笑って、電気を消した。
ひとつの布団の中で触れ合う肌の温もりに、ふと母と添い寝していた頃を思い出す。
「乃亜ちゃん、お兄ちゃんと付き合っちゃえばいいのに」
しんみりしていた気分を抹消したのは、唐突すぎる、楓のひとこと。
「はいっ?」
「だって絶対好きじゃん、お兄ちゃんって乃亜ちゃんのこと」
「わ、私、彼氏いるからっ」
「え!そうなの!?」
「う、うん」
「なんだあ、お兄ちゃん撃沈ー」
妹にすっかり読まれていた陸の恋心。笑いが溢れる。
「ラブラブなの?その彼氏と」
そして一転、ぎくりとさせてくる。しどろもどろに答えてしまう。
「ラ、ラブラブの定義がわからないからなんとも言えないけど……別れるまではそうなんじゃない?」
「え、どういう意味」
「恋愛なんかすぐ終わるじゃん、別れるじゃん。だからそれまでの期間はラブラブって言っていいんじゃない?」
「うーん」とひとつ唸った楓はこう言った。
「確かにうちのママも離婚してるしなあっ。愛が続かなかった証拠だよね」
私が陸と楓と出逢う数年前に、母親に引き取られた彼等。「うん」とは頷けなかった。
時計の針の音だけが、しばらく聞こえた。
「乃亜ちゃん、寝た?」
「うっすら起きてる……」
体勢を変えた楓は、私に背を向ける。
「あのね乃亜ちゃん。私はお兄ちゃんが乃亜ちゃんのことが好きだって気付いた時、すごく嬉しかったの」
「え?」
「もしかしたら乃亜ちゃんが、私のお姉ちゃんになるかもって一瞬でも思ったら、嬉しかった」
「楓……」
「なんてね。おやすみっ」
そう言って寝息を立て始めた彼女の背中に額をつけて、瞼を閉じる。
楓がとても愛おしかった。




