④
「ちょっと君。おーい」
夢か現実か。誰かに肩を揺さぶられて顔を上げる。腕には赤い痕。どれだけ寝ていたのだろう。
隣に立つは、五十代くらいの男性警察官。
「こんなところで制服のまま寝てちゃダメだよ。親御さんが心配するだろう?」
店内の時計は九時をさす。一時間も寝てしまっていた。
「も、もう帰りますっ」
携帯電話をポケットにしまい、席を立とうとすると、彼は「ダメダメ」と首を横に振った。
「交番に来なさい。この時間じゃ、親御さんに引き渡さないと帰してあげられないよ」
私は黙って彼の後に続いた。
交番に着いてすぐ。ゆっくりと外した受話器を耳にあて、ボタンを指で押していく。あれだけ喧嘩をしても頼らなければならぬ親という存在。未成年である歯痒さをひしひしと感じていた。
長いこと呼び出して、ようやく出た父の周りは大層賑やかだった。自分の居場所と迎えが必要だという事実を伝えると、彼の返答はこうだった。
「父さんはもう、奈緒の店で呑んでて今すぐ迎えになんて行けないよ。明日の朝なら行ってやるから、今日は警察でもどこでも泊まりなさい」
一方的に終了した会話、鳴り響く不通音。
父の中で家族というものは、ただの紙切れの関係でしかなくて、彼はいつだって彼自身が最優先。そんなことは昔から知っていたはずなのに、どうして期待など寄せてしまったのだろう。迎えにくらい、来るだろうと。
「お父さん、なんだって?」
受話器を握りしめたままの私の前、警察官は指で通話を切った。
「ちょっと遠いとこにいて、今日中には迎えに来られないそうです……」
「他にあてはあるかい?親戚でも、二十歳を過ぎた兄姉でも」
「……いないです」
「そうかあ。うーん、どうするかなあ……」
キィーッと背もたれを倒し考える彼。ぽんっとすぐに、手を叩く。
「友達の親でもいいよ。誰か迎えに来てくれそうな人はいるかな?」
私の頭には、陸の母しか思い浮かばなかった。
「どうもすみません。遅くまでお世話になりました。さ、乃亜ちゃん行こっか」
警察官に頭を下げた陸の母は、私の手を引いた。
商店街の路地にある交番から一歩出れば、静閑が耳を突く。夜十時に近いこの時刻では、ほとんどの店のシャッターが降りていた。
「乃亜ちゃん、夕ご飯食べた?」
交番で保護された理由を問うよりも先に、私の空腹を心配した彼女に少し驚く。
「もし食べてないなら家に来ない?茹ですぎたお蕎麦が余ってるの。陸も楓も、もうお腹いっぱいって言って、あと少しなのに食べてくれないのよ」
いつもの優しい笑顔。
「そういえば、カステラもあったなぁっ」
私の沈んだ気持ちを察してくれて、ご飯を食べていないと気付いてくれて、父を頼らなかった私に何かのトラブルを感じてくれた。
そしてそれ等全てを私の口から言わせまいと、気丈に振る舞ってくれる彼女に涙が出た。




