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「凛花って、塾行ってるの?」
昼休み、校庭の隅。鉄棒に跨った私は聞く。凛花はブッと数滴の唾を空に吐いていた。
「乃亜の口から塾とか笑える!なんだかんだで学級委員に影響されてるじゃん!」
「影響、されてるのかなあ」
足を軸にぐるっと半転すれば、逆さになった校舎と思考。
「勇太君が言ってたんだけどね、勉強は思い通りになるらしいよ」
「何そのクレバー発言」
「凛花は塾、行ってる?」
「行ってるよ。バスケ部引退した途端、お母さんが行けって」
「ふうん。みんな、勉強してるんだねえ」
ぶらんぶらんと体を揺らせて、景色も揺らす。凛花も「よっ」と逆さになった。
「乃亜、志望校決めた?」
「決めるも何も、私のレベル的にこの辺じゃ無理。一番近くて桜橋高校かな。凛花は?」
「私は妙海高校かな。あそこバスケ強いし」
「高校行ってもやるんだ」
「うんっ。もちろん!」
未来に希望を持ち進学を決めた彼女の横顔は、キラキラとしていた。
「私も塾くらいは、行こうかなあ」
✴︎
「あれ。お父さん」
帰宅すると、平日にしては珍しく、早い時間から父がビールを片手に寛いでいた。
普段留守がちな父と話せるこのチャンスを逃してはいけない。
「ねえねえ、私が塾行きたいって言ったら、オッケーしてくれる?」
ほんのり赤らんだ父の顔。その眉間に皺が寄る。
「塾ぅ?どうしてまた?」
「だ、だってみんな行ってるし、中三の二学期だし。そろそろ受験に本気出さなきゃ、どこも受からないよ」
「うーん……」
彼はグビッとグラスのビールを飲み干すと、台所で追加を注ぐ。半笑いで小首を傾げているのが目に入り、奥歯を噛む。
「おっとっと」と泡を啜りながら居間に戻って来た彼は言う。
「まあ、ダメとは言わないけど」
「じゃあいいの?」
「乃亜が塾なんか行って、意味あるか?」
その瞬間、ピキンと血管が浮き出るのがわかった。彼はまだ、馬鹿にしたように笑っている。
「今まで勉強なんか放ったらかしだった乃亜が、今更塾に行ったところで何か変わるか?馬鹿は馬鹿のままだろう。それに、乃亜が高校に行くなんて、父さんは何も聞いてないぞ。わざわざ金かけて無理に進学するくらいだったら、結婚でもすればいい。どうせ女なんだ。将来は夫に食わせてもらうんだろう」
その刹那、理解が追いつかなかった脳は懸命に、父の言葉を咀嚼する。
馬鹿は馬鹿のまま。無理に進学。結婚でもすればいい。
今更、わざわざ、どうせ。
気付けば食卓の新聞紙を掴んでいた。




