①
「この問題は、Aの気持ちがわかる一文が文章の中に隠れているんだよ。それをまず、見つけ出そう」
とある放課後。「勉強しよう」と勇太君に誘われて、彼の自宅へと招かれた。
リアルな人間の気持ちにも疎い私が、物語に登場する人物の気持ちなどわかるわけがない、などと思いつつも、私は大人しくその一文を探すことに勤しんだ。
彼の部屋は、整頓が行き届いたシンプルな部屋だった。本棚に並ぶ参考書には、付箋が幾つも貼ってある。
固定だと言われた私のシフトは、塾の都合で変動制になった。彼のオフ日がデートの日。曜日は特に決まっていない。
「乃亜、わかった?」
隠された一文をなかなか見つけられずにいると、彼に顔を覗かれた。
「わ、わかんない」
「じゃあ一緒に探そっ。隣きて」
自身の横にクッションを置く彼。私がそれにしずしず座ると、すぐに間は埋められた。
「よし、途中から読んでいくよ」
こんな私にも丁寧に勉強を教えてくれる勇太君は、優しい人だ。
「おしまーい!今日はもう無理っ!」
クッションを枕代わりに、床へごろんと寝そべった。そんな私を見て、彼もペンを置いた。
「俺も、おーしまいっ」
天井を見つめたまま、私は聞いた。
「勇太君って、勉強が好きなの?」
テーブルの上を片しながら、彼は答える。
「好きだよ。勉強はすればするほど身になるから、ある意味自分の思い通りになる。それよりむしろ、努力したって手に入らないことの方が、よっぽど辛いし嫌いかな」
なるほどと、どこか納得してしまう。けれど。
「私は勉強苦手……」
両手で顔を覆えば視界は闇に。脳内ではぐるぐると、未だにAが彷徨っている。
「乃亜」
指の隙間から光が差し込んできたかと思ったら、それは彼が、私の指を一本ずつ剥がしているせいだった。闇から一転、彼が広がる。
「乃亜、好きだよ」
愛の呟きと同時に重なる唇。彼の香りが鼻尖をつく。抵抗せず、そのキスに応えていると、彼はぺろりと舌を見せた。
「なんか甘いね、乃亜の口」
「そう?あ、リップかも。パッケージにぶどうのマークついてたから」
「んー。ぶどうもあるけど……」
「他の味もする?」
目と目を合わせ、静寂が存分に流れていく。にこっと微笑み彼は言う。
「わかった、乃亜が甘いんだ」
再び落とされる、キス。
彼の舌を伝って、私の中にも侵入してくるぶどう味。騒ぎ出した心臓がバレぬよう、私はふたりの胸の間に手を添えた。




