第四十六話 ハッピーホリデー
「どう? 変じゃない?」
「何言ってるの、とっても似合ってるわよ!」
「クラリスちゃん素敵~! さすが私がドレスを見立てただけはあるわ!!」
「私がアレンジしたヘアメイクもピッタリよ?」
「クラリスさま、とってもとーーってもお綺麗です~!」
ワインレッドのドレスに身を包み、普段よりも大人びたメイクをしてもらって何だか気恥ずかしい。
鏡を見るとそこにはいつもよりさらに美しく着飾った自分がいて、あまりの美しさにトラウマがフラッシュバックしてギュッと心臓が縮んだが、ゆっくりと深呼吸して自分を落ち着かせながらだんだんと受け入れた。
(大丈夫。誰も私の容姿のことを責めてない。私はこのままでいいのよ。美しくたって誰も咎めないのだから)
自分に言い聞かせて気持ちを切り替える。
そうだ。自分で自分の幸せを制限するのではなく、今世は自分らしく楽しもうと決めたのだ。
「それにしてもクラリスちゃん凄いわ。学年トップだなんて~!」
「さすがクラリスさまですわ」
「どうしてミナが得意気なのよ」
「それはわたくしのクラリスさまですから」
「クラリスはミナのものではないでしょ。それに私のほうがクラリスと友達歴が長いのよ?」
「マリアンヌもそこで張り合わないの。そもそもクラリスちゃんはみんなのクラリスちゃんでしょ?」
窘めるオリビアに不満そうなマリアンヌとミナ。なんだかんだでこの二人は似てるのか、時々ぶつかり合っている。
「ほらほら、二人共喧嘩しないの~! せっかくの舞踏会なんだから。クラリスちゃんも、笑顔笑顔ー! 緊張で顔が強張ってるよー?」
ハーパーに言われて無意識のうちに顔が強張っていたことに気づく。やはり緊張しやすいのはすぐには改善できないらしい。
ちなみになぜ私が一人だけ今日着飾って緊張しているかというと、ホリデー前の学内舞踏会に出るからだ。
この舞踏会は先日あった期末試験の結果で各学年の各寮最優秀生徒が代表として選出され、みんなの前で踊ったり魔法を披露したりするらしいのだが、何と私は今回学年トップの成績だったそうで、それに選ばれてしまったのである。
(まさかヤマ張ってたとこが全部出るとは。我ながら運がいいのか悪いのか)
というわけで、私達は会場であるホールに向かっていた。
たくさんの視線を感じるものの、マリアンヌ達がいてくれるおかげで以前よりも気にならなくなっていて友達の存在は大きいと改めて思った。
「やぁ、クラリス! 今日のキミはいつにも増して美しいね」
ホールに向かっている途中、エディオンに声をかけられる。相変わらず目敏い。
エディオンの周りにはたくさんの女生徒達が群がっていて、彼女達は私を見るなりひそひそと話し始める。
「あぁ、あの子」
「あの子って噂の?」
「そうそう、あの子がエディオンさまをフったっていう」
「え!? いくら見た目が綺麗だからって、何様なの!?」
聴こえてくる会話の内容に、キュッと口を引き結ぶ。
先日私とアイザックが交際を始めたと共に私がエディオンをフッたという噂が爆発的に広がり、最近は好奇な目に晒されるようになっていた。
正直気にならないかと言えば嘘にはなるが、自分の選択に後悔はしていないので、私は彼女達の会話に気づかないフリをしてエディオンに話しかける。
「エディオン。そういう貴方もその礼服似合っているわ」
「それはどうもありがとう。クラリスと一緒に踊れないのは残念だけど、こればかりは仕方ないね」
「そうね。それに、これからはアイザックと一緒にいたいから、ごめんなさい」
「それに関しては本当に残念だ。でも、仕方ないか。アイクは僕よりも将来有望だろうし。それに、クラリスがアイクを選んだというのなら、僕は甘んじて受け入れるよ。ということで僕の大事なお友達のクラリスの変な噂を流したら困るから、キミたちはどっかへお行き」
にっこりと有無を言わせない圧力で周りの女の子達を排除するエディオン。女の子達は渋々といった様子で散り散りになっていく。
「前々から思ってましたけど、エディオンさまってちょっと得体の知れない不気味さがありますよね」
こそっとミナが耳打ちしてくる。
まさか私と同じ感想を持っている人がいるとは思わず、無言で「うんうん」と頷けば、ミナが「ですよねー!」と食いついた。
「うん? 何か言ったかい?」
「いいえ、何にも! ねぇ、ミナ」
「はい。何も」
「なんか急に二人仲良くなってないかい? ……まぁいいけど。でも、僕は恋人にはなれなかったけど、クラリスの一番の友達は僕ってことでいいよね?」
「えぇ!? 一番とかは、決められない、かな?」
「そうですよ。いくらエディオン王子と言えど、クラリスの一番の親友は私ですから」
「私だってクラリスさまと親友です~!!」
再び繰り返される謎の主張の数々。
「モテモテね~クラリスちゃん」
「クラリスちゃんは何か引き寄せるフェロモンがあるのかもね」
「私、何もしてないんだけど……」
「だからじゃない?」
「そうよ。こんなに綺麗で可愛いのにそれを鼻にかけてるわけでもなければ、誰に対しても分け隔てなく接してくれるし」
「そういうの大事よね~?」
「ねー!」
ハーパーとオリビアの説明にわからないなりにも納得しながら、「だからクラリスちゃんはずっとそのままでいてね」と言われて「このままの私でいいんだ」とちょっとくすぐったく思いつつも嬉しかった。
「何をやっているんだ?」
「アイザック!」
みんなで話しながらホールに向かっていると、アイザックに声をかけられてすぐに駆け寄る。
私がアイザックに抱きつくように飛び込むと、彼はしっかりと抱き止めてくれた。
「礼服、すごい素敵ね。とても似合ってる」
何を隠そうアイザックも先日の試験で優秀な成績を修めたとのことで、見事に1年生の火の寮の代表として選ばれたのだ。
式典用の礼服はいつもよりかっちりしていて、大きな体躯のアイザックにピッタリだった。
いつもよりもさらに凛々しく男前な姿に、ついぽうっと惚けてしまう。
「そういうクラリスこそとても綺麗だ。こっちを向いてよく見せてくれ」
前世でよく言われていたセリフなのに、今はとても嬉しかった。同じセリフでも言う人によってこんなにも変わるのだと知って我ながら驚く。
「こう?」
「あぁ。いつもと雰囲気が違っていていいな。普段も可愛らしいと思うが、こういうのも悪くない」
「そうかな? アイザックもいつもカッコいいと思うけど、こういう礼服もたまにはいいと思う。とても素敵」
「そうか」
お互い見つめ合う。
あまりに長く見つめ合っていたせいか、マリアンヌから「ごほんっ」と咳払いされて我に返った。
「イチャイチャするのもいいけどもうすぐホールなんだから、せめてそっちに行ってからしてちょうだい」
「ごめん、マリアンヌ」
「うふふ。恋ねぇ~」
「青春よね」
「私もクラリスさまの恋を応援します……!」
「アイクに飽きたら僕がいつでも……」
「「「「エディオンさま?」」」」
「はい、すみません」
女4人から窘められて、さすがのエディオンも押し黙る。
そんなみんなの姿を微笑ましく思いながら、私はアイザックの腕に自らの腕を通してホールまでエスコートしてもらうのだった。
「ようこそ、生徒諸君。今宵はホリデー前の特別な舞踏会です。まずは代表者の皆さん! よろしくお願いします!!」
学園長の合図を皮切りに代表者が前に出る。
私もアイザックにエスコートされながらメインホールに出ると、妖精達によって頭上から加護を降り注がれた。
曲がかかると、アイザックにリードしてもらいながらゆっくりとステップを踏み始める。
けれど緊張で身体はガチガチで、まるで凍結魔法でもかけられたようなぎこちなさだ。
「緊張してるか?」
「えぇ、人前だし。それにやっぱりステップを間違えないか不安で」
散々二人で寮内の空き部屋を使ってダンスの練習をしたのに、どうしても慣れてないせいかステップが上手く踏めない。
アイザックがリードしてくれるものの、彼が恥ずかしい思いをしないようにとつい気負ってしまい、いつもミスしてばかりだった。
今も無駄に周りやアイザックを意識してしまって思った通りに動けない。
「別に公式の舞踏会ではないのだから気にするな」
「そう? でも、みんなに見られるならやっぱりちゃんとしておきたいし。アイザックはどう? 緊張しないの?」
「俺か? 俺はあまり緊張するタイプではないからな。それに、俺としてはこうした舞台でクラリスと踊れることが嬉しい。新入生歓迎会のダンスはエディにペアを取られてしまったからな」
まさかそのときのことを覚えているとは思わなかった。
そして「実はあのとき、私はアイザックに声をかけようとしてたのよ?」と言うと今度はアイザックが驚いた表情をする。
「そうだったのか?」
「えぇ。でも、エディオンに先に誘われてしまったからエディオンと一緒に踊ったけど……私のこと気にかけてくれてたの?」
「まぁな。出会いから印象的だったしな」
「それはもう忘れて」
NMAに来て早々アイザックに抱きついたことを思い出し、恥ずかしくて俯くと「嫌だ」と耳元で囁かれた。
その声があまりに色っぽくて、カッと頬が熱くなるのが自分でもわかる。
「照れているのか? 可愛いな」
「恥ずかしいからそれ以上言わないで」
「なぜだ? せっかくダンスを踊っているのだから、間近でクラリスのことを見ていたい」
「たまにアイザックって恥ずかしいことを臆面もなく言うわよね」
「そうか? 言いたいと思ったときに言ったほうがいいだろう? 俺としてもそのほうが嬉しい」
「ほら、そういうところ」
素直すぎるのもどうなのか、と思いつつもアイザックが素直だからこそ好きなわけで。
恥ずかしく思いつつも、アイザックによって色々な感情を知ることができて嬉しかった。
彼と一緒にいることで今まで知らなかった感情が次々と生まれてくる。
「クラリス。そろそろ曲が終わるぞ」
「え? もう?」
「あぁ。ほら、気負わずに踊ったら普通に踊れるだろう?」
「あ、本当だ」
ずっとアイザックとの会話に夢中でステップに意識が向いてなかったせいか、特に乱れることなく踊りきれた自分がいて驚く。
彼なりの気遣い、優しさにますます好きになった。
「さて、最後の仕上げだ。セリフは覚えているか?」
「だ、大丈夫。今朝もちゃんと練習したから……!」
ダンスを終えたあとは寮のモチーフである像の前へと向かう。
そこで代表者はそれぞれ決められたセリフを言って上空に魔法を放ち、それで舞踏会のオープニングセレモニーの完成となるのだ。
ちなみに私はなぜか1年生だというのに最後のセリフで、しかも締めくくりの魔法を放たねばならないために責任重大であった。
代表者達が次々にセリフを高らかに言いながら魔法を放っていく。
順番がだんだんと近づくにつれ、心臓がバクバクと緊張で早鐘を打つ。
「あぁ、緊張する……!」
「またか」
「だって私、ラストよ?」
「じゃあ、緊張しない魔法をかけようか?」
「え、そんなのがあるの? あるなら、お願い!」
こそっとアイザックに頼むと、彼は「わかった」と言って微笑む。
そしてチュっと唇に何か感触があったかと思えば、目の前にはアイザックの顔があった。
「これで大丈夫だ」
「……へ、な……っ、何して……っ、誰かに見られたら!?」
「大丈夫だ。みんなセリフを言ってる代表者のほうに集中してる。それにこの前邪魔されてし損なったしな」
悪戯っぽく笑うアイザック。
してやられた……! と思うも、確かにあまりの衝撃に、緊張はどこかへ吹っ飛んだ。
「ほら、いよいよクラリスの番だぞ。頑張れ」
「もうっ! ……次するときはちゃんとしてよね」
「あぁ、もちろん」
騙し討ちされて不本意ではあったが、気持ちを切り替える。
アイザックがセリフを言い終えたあと、私は大きく息を吸ってから手を掲げた。
「我らはノワールマジカルアカデミアの誇り高き生徒なり。己れを律し、人に寄り添い、自らの心のままに夢を目指す若人である。さぁ、新たな年の幕開けを、再び見えるそのときまで! ハッピーホリデー!!」
私が空高く魔力を放つとそれが弾けて花火のように散り、歓声が上がる。
「成功だな」
「えぇ」
アイザックに腰を引かれて抱きしめられる。振り返ると、再び唇が重なった。
そのまま私達は寄り添い、夜空を彩る魔法をいつまでも見つめていた。
終




