第四十四話 養子
「クラリスどこに行くの? 一緒について行きましょうか?」
「大丈夫よ。トイレに行くだけだから」
「でも、何かあってからでは遅いもの。やっぱり私も一緒に行くわ」
「マリアンヌ過保護すぎよ~」
「そうよ。トイレにまで一緒にくっついて行くなんて」
あのミナの一件から数日経ったが、マリアンヌはさらに過保護になってしまった。
もうミナも改心したし大丈夫だと言っているというのにこのありさまで、さすがの私もちょっとうんざりしていた。
「……さまー! クラリスさまぁ~!」
「クラリスちゃん呼ばれてない?」
「うん? 誰だろう」
現在カフェテリアにいるため人が多く、どこの誰から呼ばれているのかわからず、キョロキョロと見回す。
そもそも私をさまづけするような人物に心当たりがない。一体誰だろうと思考を巡らせていると、何かが勢いよくこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「クラリスさまー!!」
「ミナ!?」
ギョッとしたのも束の間、ミナが勢いよく私に向かって抱きついてくる。
椅子ごとひっくり返りそうになるのを足で踏ん張って受け止めると「さすがクラリスさまですわ!」とうっとりした表情で見つめられて、頭が混乱した。
(一体何が起こっているの。キャラ変わりすぎでしょう)
あり得ない状況に戸惑っていると「こらこら、マルティーニさんが困ってますよ」とミナの後ろから学園長が現れる。
「えっと、学園長……ミナに何かしました? 性格変わりすぎじゃありません?」
「性格? いえ、今まで受けた心の傷などのカウンセリングは行いましたが、他に何か特別なことはしてませんが」
「えぇ?」
(そうは言っても、別人としか言いようがない気が……)
未だに私にすりすりと頬を擦り寄せてくるミナ。まるで愛玩しているペットのようである。
こんなに懐かれるようなことをした記憶がなくて戸惑っていると、ミナにギュッと手を握られた。
「私、気づきましたの。真の愛する方はどなたかを……! それはクラリスさま、貴女ですわ!!」
「えぇぇえええーーーー!?」
「相変わらず面白いことになってるわね、クラリスちゃん」
「見てて飽きないわよね」
「クラリス、一体どういうことなの!?」
場が混沌としてきたところで学園長から「とりあえず先日の一件の詳細をお話したいのですが、ここではなんですから、マルティーニさんご一緒に学園長室まで来ていただけますか?」と提案を受け、とにかくこの状況を抜け出したかった私はすぐさま承諾したのだった。
◇
学園長室に着いて学園長は人払いの魔法を済ませると、早速先日の顛末を話してくれた。
「まずミナさんの処遇についてですが、今回の事件を鑑みて彼女はブランシェット家から公爵家であるアーミット家の養子になり、現在はミナ・アーミットとなりました」
「え? 養子って……ミナは大丈夫なの?」
(自分が仕向けたとはいえ、あんなに依存していた母親からすぐに離れることなんてできるのだろうか)
不安になりながらミナを見つめると、彼女は静かに頷いた。
「えぇ。正直、まだブランシェット家に未練がないかと聞かれたら多少はありますけど……このままでは私だけでなく、きっとお母様にもよくないと思うから。だからあえて離れることにしたんです」
「ブランシェット家は今回の件に関してこちらが弱味を握った以上強く出られませんから、素直にその処遇を認めました。そもそもミナさんへの仕打ちはあまりに無慈悲でしたし、犯罪を教唆していたというのは由々しき事態ですから。とはいえ、ブランシェット家はこの一件の関与を決して認めず、また証拠らしい証拠もミナさんやクラリスさん達の証言のみということで、それ以上追及することができなかったのは手痛いですが」
学園長曰く、ブランシェット家は全ての蛮行をミナ一人のせいにして自分達は無実だと主張したらしい。
実際に証拠は全くなく、話を聞いていたであろう妖精達も何かしら干渉魔法をされたようで、一連の出来事を綺麗さっぱり忘れてしまっていた。
何か物的証拠さえあればよかったものの、全て母親に言われるがままミナが実行してしまったため、ブランシェット家は疑いはあれど何も手出しができない状態であった。
「とはいえ、ミナさんがブランシェット家を出たことが彼らにとって痛手なことには違いありません。彼女があの家で最も才能があったのは間違いありませんから」
「そうなんですね」
ブランシェット家な処遇に対して納得はいかなかったが、それでもミナが彼らブランシェット家の呪縛から解き放たれたことは喜ばしい。
「ちなみに、現在彼女を養子に迎えたアーミット家は子宝に恵まれなかったものの代々法務大臣を勤めている名家です。しかも現在のアーミット家の当主であるブランドンさまは歴代当主の中で最も規律に重んじる方。ですから、さすがのブランシェット家も今後はミナさんやクラリスさんに手出しをしてこないと思いますよ」
「それは良かったです。ミナはどう? 新しい家は慣れそう?」
「えぇ。ブランドンさまは厳しいお方ではあるけれど、約束事さえ守ればとてもお優しいです。奥さまのジュリアさまも私にとても気遣いしてくださっていて、こんなに甘やかされていいのかと思うくらいには以前に比べてよくしてもらってます」
「そう。それならよかった」
ミナの処遇が悪いものでなくてよかったとホッとする。
ミナ自身も以前のような刺々しさはなくなり、年相応の表情をしているのはいいことだと思った。
「というわけで、次にまた同様の事件を起こしたら退学処分とせざるをえませんが、今回は一度目。処分保留ということで、引き続きミナさんはミナ・アーミットとしてこの学園で勉学に励んでいただくことになります」
「そういうことですから、引き続きよろしくお願いしますわ。クラリスさま」
ニコニコと微笑まれてギュッと抱きつかれる。
まだこのミナの変わりようには慣れないが、本来のミナはこういう積極的な性格だったのだと自分に言い聞かせた。
「それはいいんだけど……なぜクラリスさま? 友達なんだし、普通にクラリスって呼んでほしいわ。というか、さっきの真の愛する方っていうのはどういうことなの?」
「それはもちろん、私はクラリスさまに恋をしているということです」
「こ、恋!?」
「えぇ、私の素直な気持ちを突き詰めて考えたときに気づきましたの。これはまさしく恋だと! あの私を助けてくださった日、私はクラリスさまの強い気持ちに感銘を受けました。私を想ってくださったその御心がとても嬉しくて、クラリスさまから愛を感じましたわ!」
「えーっと親愛はあると思うけど、恋とは違う気が……」
(愛というか、自分のためにやったというかなんというか)
なんて思うも、ミナに前世のことが言えるはずもない。
「それにずっとわたくしはクラリスさまのことを見ていたからわかりますわ。クラリスさまはマリアンヌと普段仲睦まじくしていらっしゃるし、女性もイケるお口なのでしょう? でしたら私にもチャンスがあるかと……!」
「え、いや、マリアンヌとのあれはあくまで軽口なだけだから。マリアンヌには婚約者もいるし、本気にしないで」
「そうなんですか?」
「そうなの! それにミナのことは好きだけど、それはあくまで友達としてであって……」
「そうですよ。マルティーニさんはゆくゆくは私の伴侶になるかもしれない方ですし」
「いやいやいやいや。学園長まで何をおっしゃってるんですか!? 混乱するので余計なことは言わないでください!」
再び学園長室でもカオスな状況になり、つくづく私は面倒ごとに巻き込まれる体質なのだと改めて思うのだった。
◇
「はぁ、疲れた……」
どうにかあの場を切り上げたときにはとっぷりと日が暮れていた。
夕食を済ませて寮に戻り、自室のベッドに辿り着くと私は思いきりダイブする。
「今日も一日ドタバタだった~」
「ふふ、お疲れさま。もうあとは寝るだけでしょう? もう寝たら?」
「そうするー」
そんな会話をマリアンヌとしていたときだった。
不意にコンコンと外から控えめにノックされ、マリアンヌとお互いに見つめ合う。
「誰かしら?」
「ハーパーとオリビアではなさそうよね?」
二人ならわざわざノックなどせずに入ってくるだろう。
不思議に思いつつドアを開けると、そこには想定外の人物がいた。




