第四十ニ話 繭
「うぉおおおおお!!」
アイザックが一気に駆け込み距離を縮めると、勢いをつけて繭めがけて思いきり焔の剣を振り切った。
ガキン……っ!!
先生から純度が高いと評されたミスリルの剣の一撃だったが、それでも傷一つつかない。
それほどミナの強大な魔力で編み込まれた繭は強度があった。
「っく! さすがの強度だな」
「アイザック、頑張って!!」
「あぁ、クラリス。離れていろよ!」
ぼうっと剣の焔が威力を増す。
アイザックが魔力を上乗せして刃の鋭利性を高めると、繭に向かって何度も斬撃を打ち込んだ。
ガキンガキンガキンガキンガキンガキン、ガッ……!
音が一瞬変わり、僅かに亀裂が入ったのが見えた。
「今だ、クラリス!」
「ありがとう、アイザック!」
アイザックに呼ばれて間髪入れずにバッと繭に駆け寄り、亀裂が閉じる前に裂け目に指を突っ込む。
今すぐにでも修復しようとしている繭の抵抗は凄まじく、指先からビリビリと痺れるような痛みを感じるが、私は我慢しながらさらに指を差し込んで思い切り引っ張った。
「ふっんぬぅーーーー!!」
今まで出したことないくらい全力で繭をこじ開ける。
すると、だんだんと繭の隙間が開いていき、中にいるミナが見えてきた。
「ミナ!!」
「来ないで!!!」
拒絶するようにバチンと感電したかのような衝撃を受けると、身体が思い切り弾かれる。
けれど私はなんとか指先を離さず、再び閉じようとしている繭に必死にしがみついた。
「クラリス大丈夫か!?」
「大、丈夫……っ! でもアイザック、お願い、手を貸して!」
「わかった。行くぞ、せーーーーのっ!!」
アイザックも私の背中から助太刀するように一緒に力一杯亀裂をこじ開ける。
指先の感覚がだんだんなくなってきたが、それでも自分が出せる限りの力で引っ張った。
「あと、もう……ちょっとぉ……っ!」
二人で力を合わせて、どうにか自分の身体が入りそうなくらいに裂け目が大きくなる。
するとアイザックが「俺が支えてるから、今のうちに!」と私の腰を掴んで支えてくれて、私は意を決して繭の中へと上半身を乗り出した。
「ミナ!!」
中はドロドロとした空間だった。
空気がとても澱んでいて息苦しい。
恐らく濃厚な魔力のせいだろう。
__テストで百点を取った? だからどうしたの。そんなの当たり前のことなんだから一々報告しないで。
__学年で二番ですって!? 信じられない! 一番でないと意味がないのよ! 貴女は一体今まで何をしてきたの!!
__はぁ、ほんっとうに貴女はミリアと違って愛嬌もないし、可愛くもないし、つまらない人間ね。
「何よ、これ……」
聴こえてくる声はどれもこれもミナを罵倒するものだった。
このキーキーとつんざく声は、恐らくミナの母親のものだろう。
__その辺の貴族の娘と友達になっても仕方ないのよ! ブランシェット家のためにもあの外交大臣の娘と仲良くしなさい。いいわね?
__全部貴女のために言ってるの。ミナが頑張れば、我がブランシェット家も栄華を取り戻すのだから。そのために、全てを犠牲にしてでも貴女には頑張ってもらわねばならないのよ。
__ほんっとバカな子! 貴女なんて産まなければよかったわ!!
「酷い……こんなのあんまりだわ……」
ミナの意思を無視した数々の主張。罵倒。
きっとこれらは全て、彼女が受けてきた仕打ちだろう。
それでも彼女が母親に縋りつくのは、きっとミナがそれ以外の世界を知らないからだ。……かつての私がそうだったように。
「ミナ!」
「何で来るのよ……っ! 私のことなんて放っておいてちょうだい!! 勝手に死ぬんだから私になんか構わないで!!」
ぶわっとまた拒絶するように魔力の風を浴びるが、それでも踏ん張る。
そしてミナに向かって精一杯手を伸ばした。
「ミナ! 貴女の苦しみ、私はわかるわ!」
「嘘つかないで! あんたなんかに私の苦しみがわかるわけないわ! お母様に認められたいのに認めてもらえないつらさなんて、あんたなんかにわかりっこない!」
「確かに、全く同じ経験をしたことはない。でも、そうして拒絶されたことならある! 私もそのときはつらくて、悲観して、絶望した。でも、それじゃ何も変わらないって気づいたの!」
「そんなの詭弁でしょう!?」
「詭弁なんかじゃない! ずっとそうやって受け身で苦しむだけでいいの!? 望まない死は、とてもつらくて苦しいものよ!?」
「じゃあ、私はどうすればいいっていうのよ! 家にはもう帰れない! 全部バレたらNMAにもいられないし、私の居場所なんてもうどこにもないのよ! そんな私が生きてたってどうしようもないじゃない!!」
ミナが目にいっぱい涙を溜めながら必死に訴えてくる。
つらい、苦しい、悲しい、助けて、と彼女の心がだんだんと露わになってきて、私は畳み掛けるように叫んだ。
「だったら自分で居場所を作ればいいじゃない! 自分が思うまま、自分がやりたいようにすればいいじゃない! 自分の未来は誰に決められるものでもない、自分で決めるものなのよ! それに、ミナの魔力も知識も魔法もどれもこれも素晴らしいじゃない! これだけの力があるなら自分で未来を切り拓けるわよ!」
過去の自分に言い聞かせるように、私は必死に訴えた。ミナを救うことで、かつての自分も救いたかった。
「自分で……? でも、私にはお母様が……お母様がいないと何もできな……っ」
「自分の人生でしょう!? 例え母親だろうが誰だろうが、ミナの人生に意見する権利などないわ! 自分の人生なのだもの、好きなように生きなさいよ! ミナは本当にこんなことしたかったの!? エディオンと結婚したかったの!? どうなの!?」
ギュッとミナの手を握る。
彼女の手は氷のようにとても冷たく、生者のものとは思えないほど冷え切っていた。
けれど、しっかりと握り込むとだんだんと私の体温が移るように温かみを取り戻していく。
そして私にその手が伸び、ミナは涙をぼろぼろと溢しながら私に縋りつくように抱きついてきた。
「違う! こんなこと、本当は、したくなかった……っ!! ただお母様に認めてもらいたかったの! 私を見てもらいたくて、褒めてもらいたくて、だから私は勉強も魔法も何もかも頑張ってきた! でも本当は、自分で決めた相手と恋愛して、気の合う友達を作って、ただ笑い合ったり喧嘩したりそんな学生生活を送りたかった! これは私の望んだものじゃない!!」
「だったら、今からでも間に合うわよ。ミナ、私と友達になりましょう?」
「そんなの無理よ! 私は貴女を殺そうとしたのよ!?」
「無理じゃない! 私は死んでないし、今もこうして生きてる。死はとても寂しいものよ? せっかくこの世に生を受けたなら、精一杯生きましょうよ。まだ人生満喫してないでしょう? 改めて今から新しい人生をやり直しましょうよ」
「……貴女は、できると思う?」
「もちろん! まだNMA一年生よ? 言っておくけど私、NMAに入るまでずっと引きこもりだったんだから! 私と一緒に人生をやり直しましょう? まだ今なら修正はきくから!」
こくん、とミナが小さく頷く。
私はそれを確認すると、ミナの身体をしっかりと抱きしめて掴み「アイザック! 引っ張って!!」とアイザックに声をかけた。
「わかった! クラリス、しっかり彼女を掴んでおけよ!」
「えぇ、もちろん!!」
アイザックがぐぐぐっと私を繭から引きずり出すように引っ張る。
すると、ちゅぽんっと私とミナの身体は繭から飛び出し、私とアイザックはそのまま思いっきり尻餅をつくのだった。