第四十話 プリズム
(痛みが、ない?)
ギュッと目を瞑って来るはずの痛みを耐えようとした。だが、いつまで待っても来るはずの痛みがない。
(あれ、滅多刺しにされたはずじゃ……)
ゆっくりと目を開けるとそこには先程まで凍っていたはずの水溜りは消え、代わりに焔の壁が出来上がっていた。
「クラリス、無事か!?」
「え、えぇ。ってアイザック、いつの間に?」
なぜか目の前にはアイザック。
つい先程まで拘束されていたはずなのに、今は私を守るように強く抱きしめていて、その背には以前飛行術で見たときと同じような大きな濡鴉色の美しい翼がそこにあった。
「今度こそ守ると言っただろう?」
「え、えぇ」
何が起こったのか理解できず混乱するも、アイザックに守ってもらえたということだけは理解できた。
「俺は今まで魔法は怖いものだと思っていた。俺の魔法はあまりにも強すぎて人を傷つけてしまうとそう思い込んでいた。だが、エディに言われたのとクラリスを守りきれなかったことでそれは違うと気づいた。俺は、俺が守りたい人のために魔法を使う!」
「何よ、今の。一体何が起こったというの!? さっきまで、確かに拘束していたはずなのに!!」
先程まで勝ち誇っていたはずのミナが動揺している。
実際ミナの魔力は私達を遥かに上回っていた。……先程までは。
「すまない。キミの拘束は解かせてもらった」
「なん、ですって……? そんな……そんなの、嘘よ!!」
ミナが両手を広げると、雷と焔が次々とこちらに向かってやってくる。
その威力は凄まじく、雷が頭上から降り注ぐ。さらに焔がその隙間を縫うように私達に襲いかかってきて、天変地異でも起きたのかと思うくらいの光景に身体が震えた。
けれど、アイザックが私をことさら強く抱きしめて「大丈夫だ」と耳元で囁く。
そして彼が手を翳すと、先程までこちらに向かっていたはずの魔法が全て私達に到達する前に一瞬でかき消された。
(凄い……っ)
あんなにも強大な魔法を瞬く間にかき消してしまったアイザック。
あまりに凄すぎて、正直理解が追いつかない。
(目の前にいるのは私の知っているアイザックなの?)
そんなことを思ってしまうほど、彼の魔力と魔法は桁違いに強かった。
「ど、うして……? そんなはずが……っ」
「悪いが、もうこちらにはキミの攻撃は効かない」
「そんなわけ……この最強であるはずの私が……? 誰よりも魔力量を誇り、あらゆる魔法を網羅した私があんな男に負けてるですって……? 絶対、何かの間違いよ……っ!」
ミナが顔を押さえる。
そして突然、ぶつぶつと何かを呟き始めた。
「そうよ、そうよ。きっとこれは何かの間違いよ。私は、お母様に認められるために毎日勉強だって、特訓だってしてきたのよ。例え具合が悪くても、天候が悪くて雨風に晒されながらも毎日毎日……っ! 例えミリアにバカにされても、見下されても、ブランシェット家の復興のために私は死ぬほど努力してきたわ!! お母様に言われた通りにエディオンさまと婚約するためだけに生きてきた! お母様の言いつけを守って、NMAに入って、言いつけ通りの友人を作って、全部全部全部言われた通りにしてきたのよ! 全てはお母様に認めてもらうために!! そんな私が負けるはずがない! 負けるはずがないのよ……っ!! うわぁああああああああ!!!」
ミナが狂ったように頭を抱えて叫ぶと彼女の魔力が頭上に集約されて大きなプリズムが出現し、光り出したかと思えば回転を始める。
「ぷ、プリズムですって!?」
これは、この世界での最上位といえる強力な光魔法。プリズムは光に当たった瞬間、燃えて灰塵と化してしまう禁断の魔法だった。
「敵ながら凄いな」
「感心してる場合じゃないでしょう! あんなの受けたらひとたまりもないわよ!?」
「そうだな。では、こちらも闇の魔法を使うしかないな」
「はい!? 闇の魔法って光の魔法と同等の禁断の超上級魔法よ! アイザックにできるの!?」
「あぁ、まだ出したことはないがやり方はわかっている。クラリスの懸念もわかるが、今はこれしか方法がない。だからクラリス、俺から離れるなよ」
「わ、わかった」
私が縋りつくようにアイザックに抱きつくと後頭部を押さえられて隙間なく抱きしめられる。
ちょうど耳がアイザックの心臓辺りに押しつけられ、どくんどくんと速い鼓動が聞こえた。
(アイザックも緊張しているのね)
それもそのはず。禁断の魔法と呼ばれる魔法は魔力消費が段違いで、下手すれば一発撃てば即死するほどの魔法である。
どうしてそんな魔法が使えるのかと疑問もあるが、父親が魔法統括大臣であるならアイザックが使えても確かに違和感はないだろう。
お互いの魔力が昂ってゴゴゴゴゴ……、と地響きのように地面が唸り、揺れる。
「私が勝つの! 私が! 私が! 私がぁああああ!!!!」
ミナが魔力を解放すると魔力は光り輝き、プリズムに当たって乱反射する。
「アイザック!」
「あぁ! 今度こそ、ちゃんと守ってみせる!! 闇よ、闇よ、闇より深し暗黒よ。光の届かぬ黒き世界を我が前に開け!」
アイザックが唱えて手を翳すと一点の小さな黒い塊が現れる。
その黒点はどんどんと大きくなり、時空の亀裂となって広がっていった。
お互いの強力な魔力のぶつかりに強風が吹き荒れ、身体が持っていかれそうになるのを必死にアイザックにしがみついて凌ぐ。
ゴォオオオオオ!!!
激しい魔法の応酬。
光があらゆる角度から私達を焼き尽くそうと狙ってくるのを、暗闇が吸収していく。
「全て、飲み込め……飲み込むんだ……!!」
アイザックが翳していた手をぐぐぐ、と力強く握り込む。私も彼を支えるようにアイザックの腕を掴んだ。そして、魔力が枯渇しないように自分の魔力をアイザックに注ぎ続ける。
「アイザック、頑張って!」
私の応援に呼応するように、さらに威力が増していく闇の魔法。
そしてだんだんと肥大した暗黒の亀裂がプリズムを覆い尽くしたかと思えば、一瞬でプリズムを飲み込んだ。




