第三十七話 叱責
「父と何を話してたんだ?」
「うひゃあ!!」
急に声をかけられ、油断していた私は再び驚いて身体を跳ねさせる。
振り返るとそこにはちょっと不機嫌そうなアイザックがいて、むぅっと唇を尖らせていた。
「アイザック!? え、見てたの?」
「あぁ、ちょっとな」
「いつから?」
「父がクラリスに声をかけたくらいから」
「最初からじゃない! だったら声をかけてくれたらよかったのに」
「いや、それは……」
「どうせ、お父様と話したくなかったんでしょ」
「まぁ、そんなところだ」
「そこは認めるんだ」
こういう素直で正直なところがアイザックのよさだろう。不貞腐れつつも認める姿はちょっと可愛らしかった。
「で? 何を話してたんだ?」
「聞こえてたんじゃないの?」
「いや、遠目から見ていたから内容までは聞こえなかった。だから聞いてる」
「ふーん。じゃあ秘密」
「な……っ!?」
「あくまで私とお父様との会話だし」
「じゃあどういう感じのことを話していたかだけでも」
「それも秘密~」
「クラリスー」
ジト目で見られるも答えず。「そんなに知りたいなら直接お父様に聞けばいいじゃない」と言えば、口を噤んだあと諦めたように「もういい」とアイザックは追及をやめてくれた。
「ところで、クラリスはここに何しに来たんだ?」
「あー、それがノートを忘れちゃって。課題レポートを書くのに必要だから取りに来たのよ」
「なるほど。だが、なぜいつもと違って遠回りを?」
「気分転換にちょっとね。授業参観やら面談やらで疲れたから、気晴らしに歩いてたの」
「そういうことか。とはいえ、先日の一件で一人で勝手にうろちょろするなと言われてただろう?」
「あ、そういえばそうだった」
指摘されて思い出す。マリアンヌから耳にタコができそうなほど一人で行動するなと言われていたのに、うっかり忘れていた。
そんな様子の私に、アイザックは呆れたように腕を組んだ。
「全く。ここまで来たついでだ。俺も付き添おう」
「ありがとう」
(私のこと気にかけてくれてるのかな)
ちょっと嬉しいと頬が緩むのを感じながら、アイザックと今日の授業参観のことや面談のことなどを話しながら教室に向かう。
すると、不意に「一体どういうことなの!??」と耳をつんざくような大きな声が聞こえて思わず身が竦んだ。
声のほうを向くと、誰かが保護者に怒られているのか教室前で何やら騒いでいるのが見える。
(なんか変なとこに遭遇しちゃったなぁ)
この廊下は一本道なので、その先にある教室に行くにはここを通るしかない。
だが、このまま修羅場ってる現場に強行突破するほどメンタルも強くないので二の足を踏む。
「アイザック、どうする?」
「引き返すか?」
「でも、ここまで来ちゃったしなぁ」
引き返すとなると、かなり時間がかかる。
教室はあともうちょっとだというのに、今ここで引き返すのはさすがに億劫だった。
「もうすぐ終わるだろうし、ちょっと待ってる?」
「そうだな。しかし、何でよりにもよってこんなところで」
今日は授業参観と面談があったため、教室はみんな出払っていて静かだ。
そのため別の校舎で面談中や面談後の現在、用事さえなければ保護者達が立ち寄る場所ではないので、なぜ彼らがここにいるのか疑問だった。
セキュリティの関係的にも用事が終わったら速やかに帰るように保護者には通達されているというのに、なぜわざわざ人気のないところにとちょっと不信感も湧いてくる。
(って、勘繰っても仕方ないか。早く帰ってくれるといいけど)
とりあえず彼女達に見つからないようにと私達は物陰に隠れて様子を伺うことにした。
「NMA在学中の今がチャンスだと、あれほど言ってたでしょう!? それなのに、ただの見目がいいだけの女に奪われそうだなんて! 私が貴女をNMAに入れるためにどれほど苦労したと思っているの!!」
「はい、お母様。申し訳ありません」
「謝ってどうにかなる問題じゃないのよ! いい? やっと我が家ブランシェット家の復興が叶うかどうかの瀬戸際なのよ!? この期を逃してなるものですか!」
(うん? ブランシェット家?)
聞き覚えのある名前によくよく目を凝らして見れば、そこにいたのはミナだった。
どうやらミナが母親に怒られているらしい。
先日パーティーで会ったときの高慢な感じとは違って、酷く不安定で見てるこちらが胸を痛めるほど項垂れている姿になんだか可哀想になってくる。
(そもそも、なぜあんなに怒られているのだろうか)
復興とはどういうことなのだろうかと下世話ながらつい興味を持って聞き耳を立ててしまう。隣のアイザックも同様のようで視線が彼女たちに釘付けだった。
「何のために貴女を育てたと思っているの!?」
「……我が家の、復興のためです」
「わかっていてなぜそれをやらないの!! 貴女が役立たずとなると私の一族の評価も下がるのよ!?」
「申し訳、ありません……」
「この際、手段は問わないのだからさっさと女を始末するか、王子の方を洗脳でもいいからこちらの言うことを聞くように仕向けなさい。いいわね!?」
「はい、お母様」
明らかに不穏な会話に、アイザックと目を合わせる。
「今の会話って……」
「恐らくだが、クラリスとエディのことではないだろうか」
「やっぱり、そうよね?」
王子、というワードで彼女達の狙いがエディオンなのはわかった。
必然的にその相手の女というのは私ということになる。
以前、エディオンがブランシェット家は公にはなっていないもののミゲルの一件で不利益を被っているということを話していたが、恐らく先程の会話はそれに関連するものだろう。
(まずい現場に遭遇しちゃったわ)
今の会話は確実にアウトだ。
私の命はもとより、王子を洗脳してでもというミナの母親の発言は立派な犯罪教唆として認められるであろう。
「あまり時間がないのだからさっさとやってちょうだい! わかったわね!」
「はい、お母様」
「ふんっ、全くなんでミリアでなくミナがNMAに入れたのかしら。ミリアだったらこんな手間をかけるでもなく王子に気に入られたでしょうに」
「申し訳、ありません……」
それだけ言うと、ミナの母親はカツカツと足音を立ててどこかへ行ってしまった。
項垂れるミナからは魔力が漏れているのか、目に見えるほどの魔力が辺り一帯を覆っている。
魔力酔いしそうなほどの濃い魔力に私は目眩がしながらもこの状態で廊下を通るわけにもいかず、ミナが早くどこかへ行くのを待っていた。




