第三十五話 似ている
「素晴らしい純度のミスリルです! ノースくん、マルティーニさんのペアにはプラス評価を与えましょう。皆さん、大きな拍手を!」
パチパチパチパチ!!
盛大な拍手とは裏腹に、私は精神的な疲労でげっそりとやつれていた。
今世で最も疲れた日は今日であると自負できるほど、今日の授業参観は私にとって厄災の日だったと言っても過言ではないだろう。
そのおかげで無駄に集中力を発揮して素晴らしいミスリルが作れて高評価を得たのはよかったが、結局また注目を浴びるし散々だ。
やっと保護者達が一時的に教室を出て今はホッとしているが、このあと両親と一緒に学園長との面談だと思うと気が重くて仕方がない。
(私の喪女生活は一体どこに行ってしまったの!)
「では、本日の授業はこれでおしまいです。このあと一旦教室に戻ってから、それぞれ呼ばれた順に保護者の方々と一緒に学園長室に面談に行ってください」
終業のベルが鳴り、ゾロゾロとみんなが一斉に教室を出て行く。
私はすぐに出る気になれなくて、みんなが出て行くのを眺めながら小さく「はぁ」と溜め息をついた。
すると、私の様子を察したアイザックが声をかけてくれる。
「大丈夫か? だいぶ老けた顔してるが」
「アイザック、もっと言い方があるでしょ」
「悪かったな。父がいたせいで居心地が悪かっただろう?」
「いや、別にアイザックのお父様に関しては何も思わなかったけど。どっちかって言うとエディオンのご両親のほうがね……」
「あぁ、エディの両親は国王夫妻だしな」
結局あのあともずっと国王夫妻はエディオンのところにあまり行かずに私にくっついていたし、周りもなぜ国王夫妻は私達のところにいるのかと邪推しているような雰囲気があって頭が痛くて仕方なかった。
このあと両親含めて質問攻めに合うと思うと、とても気が重い。
「何で陛下達はずっと私達のとこにいたのかしら」
「さぁな。少なくとも俺を見に来たわけではなさそうだが」
「やっぱりそうよね。雰囲気でわかってたけど目的は私よね、絶対」
わかってはいたけどわかりたくない。
現実から目を背けたくて私は大きく溜め息を吐いた。
「そういえば」
「何だ?」
「アイザックってお父様似なのね。年を取ったらそのままお父様みたいになりそう」
何の気なしにそう言うと、あからさまに不機嫌そうな顔をするアイザック。
どうやらアイザックは父親に対してあまりいい感情を持っていないらしい。
「……クラリスはあまりどちらに似てるってわけではなさそうだったな」
「えぇ、そうなの。よく言われるわ。私は両親のいいとこどりなんですって。姉がいるのだけど、多分私が一番似ているのは姉だと思うわ」
「クラリスの姉さんも綺麗なのか?」
「姉さま? えぇ、綺麗というか美人だと思うわよ。似てるのは雰囲気だから顔がそっくりってわけではないけど。っていうか、アイザックって私の顔を綺麗だと思ってくれてたの?」
普段は絶対アイザックが言わないだろう言葉を聞いて思わず尋ねる。
綺麗という言葉は前世の頃より言われ慣れているが、アイザックに言われると嬉しいと共に羞恥心も湧いてきて、なんだか自分でも理解できない感情が渦巻いていた。
「いや、あー、違くて、いや、そうじゃない。その、クラリスのことは可愛い、とは思ってるが……って何を言っているんだ、俺は」
まさかそんな風に言われるとは思わず、ますます羞恥心が募る。
アイザックの顔はいつになく赤く染まり、きっと私の顔も同じくらい赤いのだと思うほど顔が熱かった。
(これは期待しても……って、いやいや、今世では喪女生活を送るって決めたんでしょ!)
アイザックもただ思ったことを言っただけで、きっと他意はないはずだ。
元々顔がいいのは嫌になるくらい自負している。
だから別にそこに何か特別な感情があるわけではないのだと自分に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせた。
「そういえば、そのミスリルはどうする?」
話題を変えるようにアイザックが先程褒められたミスリルを指差す。
私は慌てて赤くなった顔を見られないようにちょっと俯きながら、机に置かれたままの手の平サイズのミスリルを手に持った。
「先生は持っててもいいって言ってたけど、どうしようか」
「俺は持っていても持っていなくてもどちらでもいいが」
「うーん、じゃあ私が持っていようかな? マリアンヌに見せたいし」
「わかった。そうするといい」
ミスリルを見つめると、さすが純度が高いと褒められたくらいの仕上がりだからか、とても綺麗に輝いていた。
心労と引き換えに得られたものだからか、ちょっと特別な感じがする。
私は制服のポケットにしまうと、教科書を抱えた。
「このあとは面談か」
「そうよ。はぁ、憂鬱」
「奇遇だな、俺もだ」
「終わったら打ち上げでもする?」
「いいな、寮でちょっとした愚痴吐き大会でもするか」
「何を話してるんだい?」
「あ、エディオン」
「エディ」
「む。愛称で呼ばれるならアイクよりもクラリスのほうがいいんだけど」
不機嫌そうな口ぶりで膨れるエディオン。
その表情も母性本能をくすぐるような甘さで、きっと私以外の女性なら誰もが魅了されたことだろう。
「それは、もうちょっと仲良くなったらで……」
「ちぇ。相変わらずクラリスは手厳しいな。そこもまたいいんだけど。それで? パーティーするなら僕も混ぜてよ」
「ちゃんと聞いてたんじゃないか」
「アイザックだけ抜け駆けはズルいからね。僕が他寮生だからって仲間ハズレはなしだよ?」
同じ寮生同士でと言い訳しようとしたのをすかさず潰してくるのはさすがである。
(エディオンって実は私の心を読めているのでは?)
「ところで、もう残ってるのは君達だけだよ? あまり遅くなったら困るんじゃない?」
「え、嘘!?」
エディオンに指摘されるまですっかり話に夢中になっていて周りが見えていなかったが、確かに自分達以外誰もいなくなっていることに気づく。
このままだとさらに両親にどやされると、慌てて私達は教室を出るのだった。




