第三十ニ話 憎悪に満ちた視線
食事を終え、食後のデザートをつつきながら楽しく歓談していたはずが、再びハーパーによって爆弾が投下された。
「エディオンさまってクラリスちゃんに積極的にアプローチなさってますけど、婚約者とかっていないんですか?」
(ハーパーーーーーー!!)
今すぐにハーパーの口を塞ぎたい衝動に駆られる。
どう考えても今する質問ではないだろう。
というか先程の質問といい、今の質問といい、相手は王子だというのにどうして彼女はこんなにもぶっ込んだ質問をするのか。
怖いもの知らずなのか、ただ好奇心の塊なのか、ハーパーの行動があまりにも突拍子すぎてこちらがヒヤヒヤしてくる。
エディオンもまさかそんな質問をされるとは思ってなかったようでちょっとびっくりした表情をしたあと、ふっと口元を緩めた。
「そうだね。王家では代々婚約者は当人が選んだ女性って決まってるんだ。だから僕には今のところ婚約者はいないよ」
「へぇ、そうなんですね~」
「でも婚約者がいないとなると、申し込み殺到するんじゃありません?」
「確かに、こうして学校生活を一緒にするとなると誘惑も多そうよね」
せっかくの機会だと言わんばかりに、エディオンの話に食いつく三人。
こういうゴシップのような話が好きなのは、どこの世界も共通である。
「まぁ、そうだね……ないとは言えないかな? とはいえ、そこはちゃんと判断するように教育を受けているし、僕自身それなりに先見の明があるつもりではいるよ。そういうのも含めて、僕はクラリスを気に入っているからね?」
突然話を振られて、ビクッと身体が跳ねる。
キラーパスは心臓に悪いと思いつつ、相変わらずガンガン攻めてくるなぁと内心ヒヤヒヤしながら「それは……どうも」と愛想笑いを浮かべてやり過ごした。
「でも、何で婚約者を前以て決めないんです? 逆に手間じゃありません?」
「あー、昔は先に婚約者を決めていたらしいんだけど、それで色々揉めたようでね」
「揉めたんですか?」
「王家に嫁がせたい家はたくさんあるからね。かつては婚約者を事前に決めてはいたけど、婚約者が決まったあとに婚約者が非業の死を遂げることが多発してね。それからというもの、婚約者は前以て決めずに当人が選んでその相手を守る。または自分の身は自分で守れる人を探すように変わっていったんだ」
「へぇー」
「なるほど」
「そうだったんですね」
「僕としても、親が勝手に決めた相手よりも自分で結婚相手を決められるようになったのはいいことだとは思うよ」
「王族ってのも結構大変なのね」
自分のことばかり悲観していた私だが、人それぞれ置かれている環境によってその人なりの大変さがあるのだなぁと実感する。
そして、それを含めて「やっぱりエディオンのとこに嫁ぐのはハードルが高すぎる」と改めて思った。
「とはいえ、難しく考えないでくれ。兄さん達も婚約者を在学中に見つけたし、お相手はみんないずれも普通の子達だ。だからクラリスも気負う必要ないからね?」
「う、うん?」
「それにキミのことはちゃんと僕が守るから。ずっと片時も離れずにそばにいるからね」
「いや、だからそれはちょっと……。エディオンはあくまで友達だからね?」
「うん、わかってるよ」
(本当にわかってるのかなぁ)
また話が振り出しに戻ってしまって、何か別の話題をと思考を巡らす。
そこで、記憶を巻き戻して何か使えそうな話題はないかと逡巡した。
(とりあえず、婚約だの恋愛だのの話から遠ざかったほうがいいわよね)
なるべく地雷になりそうなワードは避けたい。
けれど、それ以外に何か話題などあっただろうかと一生懸命思考を巡らせていると、最適な話題を思い出して私は口を開いた。
「そういえば最初の話に戻るけど、エディオンは授業中とはいえ、相手を傷つけるかもしれないことに関してはどう思ってるの?」
純粋に気になっていることを聞いてみる。話題のチョイスとしても自然なはずと思いながら、チラッとエディオンを見る。
すると特に思案する様子もなく、エディオンはすぐに答えてくれた。
「そこはもちろん割り切ってるよ」
「割り切ってる?」
「魔法使いは時として非情にならねばならないときもあるってことさ。相手が誰であろうと自分や仲間を害そうとする者がいたら切り捨てなければならない。一瞬でも判断が遅れれば死が待っているからね」
言われて、なるほどと納得する。
相手を見て躊躇していたら、即刻殺されてもおかしくない。
優れた魔法使いになるということはそういう意味でも精神的にタフにならなければならないのかと思い知ってちょっと気持ちが沈む。
(でも、高官を目指すならそういう非情さも持たねばならないのよね)
平穏な生活を手に入れるためには魔法をきちんと学び、自らを強くすることで生き抜く力を身につけなければならない。
過去のように受け身でいては、きっとまた前世と同じように死んでしまうだろう。
(それだけは絶対に避けたい!)
「だから決断は早く、決して躊躇してはならないよ。そのために実戦授業があるんだからね」
「わかったわ」
「大丈夫。クラリスには実力があるし、さっきの防衛術の模擬戦だって服を焦がされた程度だっただろう? それだけキミの魔力が上回っている証さ。ちょっと気持ちの切り替えさえすれば、すぐに使いこなせるようになる。……誰かさんみたいに優しすぎては優秀な魔法使いにはなれないけどね」
(誰かさん、というのはアイザックのことよね)
やけに何度もアイザックに対して突っかかっているような気がするが、それだけ彼らにとって根の深い問題なのだろう。
けれど、エディオンがこれだけ気にしているのはなんだかんだ言いつつもアイザックのことを心配しているからに違いないはずだ。
「それに、NMAでは優秀な保険医さんもいるし、例えある程度の怪我をしてもその辺は大丈夫さ。実戦でもお互いに死ぬまではいかないように制服に刻まれている魔法陣でそれぞれ魔力に制限がかけられているからね。だから相手に気負うことなく実力を発揮するといいよ」
「なるほど、頑張るわ」
「ちなみに、もしクラリスちゃんがエディオンさまに攻撃しようとしてきた場合どうします?」
(今度はオリビアまで!)
ぺろっと軽い口調で質問するオリビア。
先程から私に絡めた質問をしすぎではないだろうか。
私の気持ちを知ってか知らずか、ハーパーもオリビアも興味津々でエディオンを見つめる。
するとエディオンは「それは、……ねぇ?」と意味深に微笑むと、彼はそれ以上何も言わなかった。
(王族だから仕方ないんだろうけど、こういう底の知れないとこがやっぱりまだ苦手だな。こうして言葉で愛情表現してくれるのはありがたいことだけど。うーん、やっぱり恋愛って難しい……)
そんなことを考えていると、不意に誰かの強い憎悪に満ちた視線を感じてびくりと身体が跳ねる。
「……っ!」
「どうしたんだい? クラリス」
「い、いえ。何でも」
キョロキョロと周りを見回しても特に何もない。
間違いなくゾクゾクと何か恐ろしいものが背筋を這い上がるような感覚に襲われたのだが、一体何だったのだろうか。
(何かしら、今の)
肌は未だに粟立ったまま。
心臓が変な音を立てているのを感じながら、忘れかけていたあの憎悪を思い出してギュッと服の裾を握る。
(きっと気のせい、よね?)
答えが出ないまま私はゆっくり深呼吸すると、気にしない素振りをしながら再びマリアンヌ達との会話に参加するのであった。