第三話 招待状
「あら、珍しい。クラリスが綺麗におめかししてるだなんて」
「むぅ。したくてしてるわけじゃないのよ」
母と姉に身包みを剥がされ、今までの鬱憤を晴らすと言わんばかりに頭の先から足の爪の先まで満遍なく手入れされた。
ボサボサだった髪は綺麗に結い上げられ、ドレスも今流行りだという白を基調としたレースやフリル、刺繍がふんだんにあしらわれた豪奢なものを着せられている。
化粧もしっかりとファンデーションから頬紅や口紅までしっかりとメイクアップされ、装飾品もゴテゴテとネックレスや髪飾り、耳飾りまでつけられていた。
ただマリアンヌに会うというだけなのに舞踏会や会食に出るレベルの身嗜みになったのは、今まで積もり積もったフラストレーションのせいである。どうやら、母と姉は歯止めがきかなかったらしい。
そのおかげで、自分ですら見るだけで目が潰れそうなほどの美人が出来上がってしまった。
まぁ、この格好に不服な私は不貞腐れて仏頂面ではあるのだが。
それを見て、私のことを幼少期より知り尽くしているマリアンヌは長い時間待たされたはずなのに気分を害した様子もなく、私の頭を撫でて楽しげに頬をぷにぷにっと押してくる。
それにまたぷぅと膨れると、マリアンヌはくすくすと頬を緩めた。
「でしょうね。ふふ、せっかく綺麗にしてもらったのだもの、そんな顔をしないの。ほら、お茶菓子食べて機嫌直しなさいな」
「うー、マリアンヌ~!! あぁ、マリアンヌが殿方だったらよかったのに! そうしたら私、貴女のところに嫁ぐのに! そうよ、嫁ぐならマリアンヌに嫁ぎたいわ」
「はいはい、ありがとう。でも、残念ながら私には既に婚約者がいるから諦めてね」
「くー、クラウスめー! もう名前も似てるんだし、いっそ私が婚約者になってもいいんじゃない?」
「ふふふふ。何よ、その暴論」
大好きなマリアンヌが誰かのものだということを恨めしく思いながら、机に突っ伏す。
我ながら非常に態度が悪いことは承知しているが、今日はあまり機嫌がよろしくないこともあって、マリアンヌにめいいっぱい甘えさせてもらおうと全力で彼女に甘える。
マリアンヌもマリアンヌで私の気持ちを察してくれて、頭を撫でてくれたり焼き菓子を口の中に入れてくれたり、甲斐甲斐しく世話をしてくれた。
(あぁ、この生活が一生続いたらいいのに)
そう、しみじみ感じながら私はこのひとときを楽しんだ。
「そういえば、マリアンヌが来てくれたことはとても嬉しいのだけど、どうして今日来てくれたの? 私、会う約束してたかしら? それとも何か用事でもあった?」
「あぁ、そうそう、つい貴女の話を聞いてて忘れてたわ。……これ、クラリスのところにも届いた? と聞きたくて来たのよ」
そう言って見せられたのは手紙。
漆黒の封筒に金のペンで宛名書きされたそれは、噂で聞いていたよりも立派な質感で、見るだけでそれが何かわかるものであった。
「それって、ノワール・マジカル・アカデミアの……!」
「えぇ、今朝届いたのよ」
ノワール・マジカル・アカデミア、通称NMA。
この世界の魔法学校の中で一、二を争うエリート学校である。
この学校は受験などでの入学はなく、その代わりに秘密裏に各国の優秀な子供が調査され、その調査でNMAに入学するに値する魔法の長けた者のみが選ばれ入学が許可される。
王族や貴族であってもコネなどは一切なく、ただ魔法能力に長けているかどうかのみが指標となる。
そのため、入学資格を認められたことはこの世界ではステータスであり、だからこそ生徒として選ばれたことはとても誉れ高いことだった。
そして、見事魔法能力の才を認められた者は直々にNMAから招待の手紙が送られ、その手紙がまさにマリアンヌが手にしているものである。
「まぁ、凄いじゃない! さすがマリアンヌね!」
「ありがとう。って、クラリスのところには来てないの?」
「えぇ。私のところには来てないわ」
朝から母と姉と家中走り回っていたとはいえ、そんな大事な知らせが来ていればいの一番に私付きの侍女であるイラが教えてくれるだろう。
けれど彼女から特にそう言った話は聞いていないし、そもそも私には届くはずがない。
なぜなら……
(極端に露出を避けていたから……!)
引きこもり歴イコール年齢の私である。
社交界はもちろん、会食や地域のパーティー、その他諸々、人目につくイベントは全て避けて来た。
そのため、いくら秘密裏に入学適齢期の子供を調べるとはいえ、引きこもりの私が見つかるはずがない。多少魔法を使ったことはあるが、いずれも家の敷地内であったため、家族と使用人やマリアンヌ以外に私の魔法能力の高さはバレていない。……はずだ。
この学校に入学しさえすれば、私の将来の目標である高官への道は近づくだろうが、他にも優秀な魔法学校はあるのだし、そこは受験もあるから必死に勉強しさえすればきっと大丈夫だ。
それに、NMAは陽キャが多く集まるというし、私みたいな喪女を目指す者には向いていない学校である。
だから、天地がひっくり返っても私のところに招待状が来るはずがない。
「そうなの? クラリスなら私よりも魔法能力が高いから、てっきり一緒に学校に行けると喜んでいたのに」
「私もマリアンヌと学校が一緒でなくて残念だわ。確かNMAは寮生活でしょう? 当分会えないのは悲しいけれど、ホリデーにはぜひとも帰ってきてね」
「もちろんよ。クラウスとも会わないといけないし」
「ちょ、私はクラウスよりも優先順位が低いの!?」
「うそうそ、冗談よ。クラリスに会いに戻ってくるわ」
「あぁ、私のマリアンヌ~!」
そんな茶番を繰り広げていると、何やら黒い物体が目の前にぽとりと落ちてくる。
咄嗟に私はカラスの死骸か何かが落ちて来たのかと「ぎゃあああああ!」と叫べば、「クラリス、これって……」とマリアンヌが落ちて来た何かを拾った。
それは既視感のある漆黒の手紙で……
「クラリス・マルティーニ伯爵令嬢宛……?」
まさしく宛名には自分の名前が書いてあり、私はこれは現実なのかと自分の頬をパーンと思いっきり叩く。物凄く痛い。同時にパニックで「えぇええええええ!???」と叫んだのだった。