第二十九話 イメージ
「よろしくエディオン先生」
「エディ、よろしく」
「クラリスだけならまだしも、なぜ僕がアイクの面倒まで」
押し問答の末、結局私達は三人で組むことにした。
そして、模擬戦のためにこの中で最も防衛術に優れているだろうエディオンに先生役をお願いして、私とアイザックは彼から防衛術を習うことにしたのだ。
「そういえば、エディオンの防衛術凄かったけど、あれはミドルスクールで習ったの?」
「いや、エディは昔から防衛術は得意だったぞ」
「アイク。クラリスは僕に聞いているんだから、僕の代わりに答えるんじゃない。……僕は一応王族だからね、何よりもまず防衛術を習うのさ」
「なるほど。だからあんなに堂々と凄い魔法を次々に出せたのね」
オーガ事件のとき、私は意識が朦朧としていたためちゃんとは覚えていないが、エディオンは落ち着いて次々に高等な魔法を繰り出しオーガに対抗していたように思う。
私も火の魔法に関しては不本意ながらもそこそこ使いこなせていたので、焦っていたわりにはそれなりにオーガと渡り合えたとは思う。
けれど、エディオンの場合はオーガをはるかに凌いだ力でねじ伏せていて、私では足止めしかできなかったオーガを拘束した手腕は素晴らしかった。
「一応主要行事などでは護衛がつくけど、いざというときは自分で自分の身が守れないと手遅れになる場合もあるからね。だから、防衛術に関しては幼少期からそれはもうビシバシとスパルタで覚えさせられるんだよ」
「さすがエディだな」
「それはアイクに言われたくない。……クラリスはもっと僕を褒めてくれていいよ?」
「えぇ、凄いわ。エディオン」
「ついでにあだ名で呼んでもいいんだよ? エディでもエーくんでも」
「えーっと、そこはまだエディオンて呼ばせてほしいかな……?」
相変わらずぐいぐいと来るエディオン。
以前に比べたらだいぶ仲がよくなったとは思うが、まだそこまで踏み込むのはいかがだろうか、と二の足を踏む。
エディオンは多少がっかりした様子ではあったが、すぐに気持ちを切り替えたのか、「まぁ、まだ時間はたくさんあるんだし、ゆっくりと関係を進めていこうか」とにっこりと微笑んだ。
「とにかくまずは得意な魔法を出す練習からしようか」
「えぇ。エディオン、見ててもらってもいい?」
「もちろん。僕はずっとキミを見てるよ? あぁ、クラリスのためだったらそれこそずっとそばで見ていてもいいよ? そうだ、今後手取り足取り片時も離れず教えても……」
「エディオン。ゆっくり関係を進めるのではなかったの?」
「あぁ、すまない。クラリスに頼られると思うとつい気持ちが昂ってしまった」
舌の根も乾かぬうちにそう話すエディオンに、相変わらずメンタル強いな、と内心呆れつつもエディオンから防衛術を教わるのだった。
◇
詠唱をすると手の平に光の粒子が集まってくる。するとすぐさま「とても上手だよ。さすがは僕のクラリスだ」とエディオンに褒められる。
(エディオンのものになってませんけど)
一々指摘するのも面倒なので、あえてそこはスルーする。
「魔法はイメージだ。自らの魔力をいかに具現化し、そのイメージを維持できるかが大事なんだ」
「なるほど」
「ちなみに、イメージを言葉に出さなくても魔法が打てるようになったら完璧だよ。とはいえ、今はまだ言葉にしたほうがイメージがまとまっていいから、いかに自分のイメージをスムーズに引き出せるかに気をつけながら取り組もうか」
エディオンの教え方はとても上手だった。
わからないことがあればすぐにわかりやすく教えてくれる。
まるで、「私の思考は読まれているのでは?」と錯覚するほど適切で簡潔に答えてくれるため、彼の能力の高さを実感した。
「クラリスの得意な魔法は火だったよね? ではまずは火柱を上げてみるところから始めようか。意識を集中させて、自分よりも堆く舞い上がる火の柱を想像してごらん?」
「自分よりも堆い火……」
火を想像するとどうしてもあの火炙りのことが脳裏を過ぎる。
だが、それを受け入れてこそ魔法が発揮されると思うと、嫌な音を立てる心臓をグッと抑え込んだ。
(平穏に暮らすためには前世を乗り越えないと。前世を引きずって死んだら元も子もないじゃない)
オーガとの一件で、自分自身で生きる力を身につけなければと実感したからこそ、今までみたいに受け身のままではいけないと思うようになった。
目立ちたくない気持ちはまだ多少なりともあるが、そんなことでビクビクしてても死期が近づくだけだと気づいたのだ。
前世の記憶を持ったまま転生した以上、前世と同じ誤ちを繰り返すわけにはいかない。
そのために失敗を生かし、学習することで今世を生き抜くと決めた。
すぅ、と息を整える。
(落ち着け。落ち着け。怖くても苦しくても、それを自らの力に変えるのよ)
気持ちを落ち着けると身体の奥底が熱くなるのを感じる。
グラグラと何かが湧き立ち、それはぐるぐると体内で今か今かと放出を待ち侘びているようだった。
私は、その蟠りを吐き出すかのように口をゆっくりと開いた。
「我が身体に宿いし焔よ、その身を解放し、高く舞い上がれ!!」
手を高く上げると、ボウッとその手を追うように一気に舞うと、私よりも高いどころか天にまで届きそうなほどの火柱が上がった。
想像したとはいえ、あまりの勢いのよさに呆気にとられる。
近くで見ていたアイザックとエディオンもびっくりして絶句するほどであり、グリゴリオ先生までも「な、何事だ!?」と駆けつけてくるほどだった。
「す、すみません。ちょっと勢い余ってしまいまして……」
「勢い余ったレベルではないと思うが、校庭を燃やし尽くすのだけはやめてくれ」
「はい、すみません」
深々と頭を下げるとグリゴリオ先生はなんとも言えない顔をしたあと戻っていく。
「えっと、クラリスはまず魔力量が人よりも多いみたいだから、力の調整について教えたほうがよさそうだね」
「ごめん。お願いします」
さすがのエディオンも苦笑気味だ。
目立たないようにすればするほど目立ったことをしてしまう自分に呆れながらも、引き続きエディオンに教えを乞うのだった。




