第二十六話 どっちが好きなの?
「クラリス! やっと会えた!!」
「マリアンヌ、心配かけてごめんなさい」
「何を言ってるの、貴女が生きててくれるだけでじゅうぶんよ!!」
あの事件から十日。やっと全快したということで寮に戻ると、かなり心配してくれていたらしいマリアンヌに息ができぬほど強く抱きしめられた。
「ま、マリアンヌ……っ! く……苦し……っ」
「マリアンヌ、落ち着いて」
「逆にクラリスちゃん死ぬから!」
私が目を白黒とさせていると、ハーパーとオリビアがマリアンヌから私を引き剥がしてくれる。いくら全快したとはいえ、いきなりのハグはキツかった。
「ごめんなさい。でも、私が一緒についていってたらこんなことには……」
「何言ってるのよ。マリアンヌと一緒だったら二人とも危なかったかもしれないじゃない。私だけの被害で済んでよかったわよ」
今回の狙いが私なのか、それとも不特定多数を狙った犯行なのか未だにわからない。
とはいえ結果論ではあるものの、今回被害を受けたのが私だけなのはある意味不幸中の幸いだったと言える。
「でも、重症だったのでしょう? もう大丈夫なの?」
「えぇ、シーラさんが治してくれたから大丈夫。だからマリアンヌが責任を感じる必要はないわ」
「でも、傷は? 痣とか残ってない?」
「それも平気。シーラさんが傷とか打撲痕とか綺麗さっぱり消してくれたわ」
「そう。本当によかった……」
「さすがシーラさんね。彼女はその道のプロだものね!」
オリビアが我がことのように自慢する。
実際にシーラさんの手腕は素晴らしく、痛みも傷も何もかも全てなくなった。
ちょっとくらい傷跡残ってもいいんだけどな、なんてろくでもないことを思っていた私にはもったいないほどの高等治癒魔法だ。
「シーラさんって凄いとは思ってたけど、さすがNMAの保健医をしてるだけはあるのね」
「シーラさんは元々医療魔法の権威らしいからね。それを学園長が引っ張ってきたって噂もあるわ」
「そうなんだ」
「学園長ってすごいんだかどうだかよくわからない人よね」
「確かに」
「クラリスは学園長から事件のこと根掘り葉掘り聞かれたんでしょう?」
「えぇ、そうなんだけど……」
先日の一件から数日経って、私の体調が落ち着いたときひょっこりやってきて、「具合はいかがでしょうか?」と花束まで持ってきたのにはさすがにびっくりした。……すぐさまシーラさんに雷を落とされ、回収されていったが。
そのあと当時の状況やどういう経緯であのようなことになったかを事細かく聞かれた。
けれど、さすがの学園長でもすぐに犯人を見つけ出すのは難しいらしく、延々と「うーん」と唸るばかりで、それを見たシーラさんに「ほんっと、見かけばっかで役に立たないわねっ」と理不尽に貶されていた。
「エディオンも言ってたんだけど、犯人の魔力がすごい高いらしくて、学園長でもすぐに特定できないほど隠蔽が上手いんですって。だから、もし無差別だったら……って念のため学園長が対策を取るみたいよ」
「なるほど。てか、またエディオンさまに戻ったの?」
「え、何の話?」
マリアンヌがにやりと笑う。
こういう異性についてとなると途端に食いつきがよくなるのはどういうことなのか。
「そうよそうよ。ノースくんと仲良くなったかと思えばまた今度はエディオンさまなの? もう、クラリスちゃんはどっちが好きなの?」
「べ、別に二人ともそういうつもりなわけじゃ」
「またまた~!」
「クラリスはそう言うけど、エディオンさまはそうじゃないみたいじゃない。ずっとクラリスとエディオンさまの噂で学園内はもちきりよ?」
「えぇーー!? そうなの!?」
まさか自分が不在中にそんな噂になっているとは知らずに頭を抱える。
とことん私は喪女生活には向いていないらしい。
やることなすこと裏目に出て余計に目立ってしまっている気がする。
「で? で? 実際どうなのー?」
「どうって言われても……」
「マリアンヌは直々にエディオンさまから寮にいる間はクラリスを頼むって言われたんでしょ?」
「そうなの?」
「えぇ。授業中は僕が守るから、寮の中にいるときはお願いしたいって直接頼まれたわ。本当は転寮も考えたけど、それは難しいから泣く泣く諦めるって。元々寮の中では私がそばにいるつもりだったから、エディオンさまから直接言われたのはびっくりしたけど、なんというか本当にクラリスのことを想ってくださってることは伝わったわ」
「まぁ、エディオンさまったらそんなことおっしゃってたの!?」
「愛されてるわね、クラリスちゃん!」
私自身も、「マリアンヌにそんなことを言ってたの!?」とさすがに驚きが隠せない。
まるで婚約者のような口ぶりでそんなことを言ったら、そりゃ勘違いする人が出てもおかしくないと思う。
「みんな勘違いしてるかもしれないけど、エディオンとは友達だから。それ以上でもそれ以下でもないわ。もちろん、助けてもらったことには感謝してるけど……勘違いされるのは困るわ」
私が不服そうにそう言うと、三人は顔を見合わせた。
「そうだったのね。仲が良さそうだったからてっきり。ごめんなさい」
「王子様だからってみんな好きになるとは限らないし」
「確かにフィーリングは大事だもの! 家柄も大事だとは思うけど、結婚するなら同じ価値観の人がいいわ!」
「わかるー! 趣味とか好きなことを否定されたら嫌だものね!」
そこからそれぞれの恋愛観の話や、婚約者の話に飛び火する。
そういえばアイザックのことを聞きそびれたな、と思いながらも「明日授業で会うだろうし、まぁいっか」と久々のガールズトークに耳を傾けるのだった。