第二十三話 死にたくない
(まだ、こんなとこで死にたくない!!!)
薄れる意識の中、最期の足掻きとばかりにそう心の中で叫ぶと、ぼうっ! と私の身体が焔に包まれる。
「あっちぃい! あっちあっち! げげ、……くそうっ、げげ……」
「がはっ! げほっ、ごほっ、ごほ、はぁっ、はぁ、はぁ……」
オーガはあまりの熱さに私を床に投げつけた。
私の身体は何度かバウンドしたあと壁にぶつかる。骨が折れたのか、あまりの痛みに意識が飛びそうになりながらも呼吸を整え、必死に立ち上がった。
「絶対、死んでたまるもんですか……っ!」
やっと引きこもりを脱したばかりなのだ。
せっかくNMAに来て友達もできて魔法も楽しくなってきたというのに、こんなに寒くて薄暗くて誰もいないところでオーガに食べられて死ぬなんて絶対にごめんだ。
「何度だって味あわせてあげるわ! 私も苦しめられた焔だからね! とくと味わえ!! 這い回る焔よ、その者の肌を焼き尽くせ! 炙って焼いてその身を焦がせ!!」
「ぎぎぎぎあああああー! 熱い、熱いゾ!! げげげー!」
ぼわっと燃え盛る焔がオーガに纏わりついた。
その姿はまるで火炙りにされたときの自分を連想させ、ぶわっと冷や汗が出てくる。
だが、死にたくない一心で震える足を地につけて必死にオーガと対峙した。
オーガはジタバタとのたうち回りながら火を消そうと躍起になっているが、私も追撃で何度も何度も魔力が続く限り焔を出してオーガを燃やし続ける。
「うぎぎぎぎー! 熱い、熱い……あつイぃいいいい!!!!!」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……まだ倒せないの……?」
オーガは怯みはすれど、決定打を与えることはできない。
魔力がだんだんと枯渇していくのが自分でもわかり、気が急いてくる。
(このまま根比べだと先に私の魔力のほうがすっからかんになりそう……っ)
どうにかして決定打を与えたいけれど、弱点も何もわからない状態ではどうしようもない。
残りの魔力もせいぜい焔をあと数発。まだ効率的な魔力の出し方がわかっていないせいで消耗が激しく、無駄な魔力を消費しているため、これが限界だった。
「あっちもだいぶ焦げついてきてるし、勝てる確率は五分五分といったところかしら」
オーガが先にやられるか、私の魔力が先に尽きるか。現状どちらが先に力尽きるかの戦いになっている。
そしてそれは、魔力が尽きた瞬間、私に死が訪れることを意味していた。
「ぎぎぎ、……エサ……ぎぎ」
「あー、頭痛も酷いし、目眩もしてきた! こんなことなら引きこもってないで、ちゃんとミドルスクール行って魔法習っておけばよかった!!」
唐突な死を間近にすると、容姿がどうとか嫉妬がどうとかはもはやどうでもよくなってくる。
またしても前世同様、悔いの残る死に方になりそうだと、私は頭の片隅で今世での人生を後悔した。
(もう今は喪女だとか引きこもりだとかどうでもいいから、今世こそはちゃんと生きたい……!)
ただそれだけが願いなのに、これほどまでに難しいとは思ってもみなかった。
けれど、難しいからといって今回ばかりは諦めたくなかった。
「絶対に死なないんだからーーーー!! もし、食べられても一生呪ってやるーーーー!!」
大声を出して自分を鼓舞する。
絶対食べられないぞ!
絶対にこんなとこで死なないぞ!
もし食べられたら前世のときのように延々と味わう火炙りの痛みを味わわせてやる!
と、闘志を燃やしながらこのピンチを逃れるべく、次の案を考えているときだった。
「クラリス、いるのか!?」
「アイザック!?」
アイザックの声が聞こえてそちらを見ると、焦った様子のアイザックが私のところへ走ってくる。
「何で一人でこんなとこにいるんだ!!」
開口一番怒鳴りつけられて、思わずこんな状況だというのに面食らう。
「なっ! それを言うならこっちのセリフよ! 私はアイザックがここにいるって聞いたからだけど!?」
「何……? まぁいい、その話はあとだ。というか、なぜこんなとこにオーガがいるんだ」
「知らないわよ! ここに来たらなぜかいたのよ!」
「本当にクラリスは次から次へと……」
「えぇ!? これって私のせいなの?」
理不尽なことを言われて不本意ではあるが、とりあえず眼前のピンチをどうにかしなければならない。
アイザックが来てくれたからと言って、彼は魔法を上手く使いこなせないため、戦力になるかどうかは微妙。正直言って未だにピンチのままだ。
私も魔力がほぼゼロ。策もないため、アイザックが来てくれたことは嬉しいけれど、このピンチを脱するためにはどうしたらいいのかわからなかった。
「クラリス、走れるか?」
「ごめん。ちょっと無理かも……」
「わかった。俺が抱えるからしっかり掴まっておけ」
「え? なんて? ちょ、うわっ!!」
前置きなしでアイザックに抱え上げられ、慌てて彼の首に縋りつく。
「アイザック!?」
「すまない、走るぞ」
「走るって、私を抱えたまま!? うわぁ!!」
言うやいなや、いわゆるお姫様抱っこの状態で抱えられる。それなのに、びっくりするくらい速く走るアイザック。
そんなに重いほうではないと思いつつも、抱えられるのはさすがに気が引ける。
だが、さすがに今はそんなことを言っている状況ではないのでされるがままにされていた。
「このまま外に出るぞ」
「このまま!? で、でもオーガが追ってきてるし、ヤツが外に出たら……!」
「それならそのとき考えればいい! NMAには優秀な先生がたくさんいるし、俺達が対処するよりかはいいだろう?」
「た、確かに」
「げげ、げげぇ……っ、ま、待デぇええええ!!」
ドッドッドッド……
まだこんなに走れたのか、というほどのスピードで追いかけてくるオーガ。
全身焼け焦げた姿で追いかけてくるのはあまりに不気味で、夢に出てきそうなほどである。
私は恐怖を堪えながら、追従してくるオーガをなけなしの魔力で雷の魔法や風の魔法などを打ち、魔力がすっからかんになるまで足止めすることだけを努めた。
「もうすぐ出口だ!」
「わかった! アイザック、頑張って!!」
「あぁ、落ちるなよ!!」
言われてさらに強くしがみつく。
アイザックの体温や匂いを感じて思わず赤面するも、振り落とされないように必死に密着した。
バチン……っ!
「なっ……!」
「え……っ?」
しっかりとアイザックにしがみついていたはずだった。
なのに、なぜか私の身体だけ階段に上がる手前の出口部分で弾かれる。
そのため外に出ることができず、アイザックだけが先に行き、私だけが取り残される。
どういうことかわけがわからないまま、投げ出すように宙に舞った私の身体は床に強く叩きつけられた。
「っ……あっ……ぅく!」
「クラリス!!」
「つーがマーえターーーーーー!!」
「うぐぅ……っ! がはっ」
オーガはまるで人形で遊ぶ子供のように私の身体を掴むと振り回す。
身体をがっしりと掴まれ、内臓が押し潰されたままぶんぶんと勢いよく振り回されて、胃の中のものが逆流する。
堪え切れなくて胃の内容物を吐き出すと、「うぎぎぎ……汚ェ……っ!」という声と共に地面に叩きつけられた。
「あ、ぐっ……っ!」
「クラリス、大丈夫か!? 雷よ、ヤツを串刺し……くそっ! 焔よ、……っ」
魔法を使おうとしているようだが、上手く魔法が出せないアイザック。
あまりの痛みにだんだんと意識が遠のいていく。
(あぁ、また私死ぬのか……。まだ何もやってないのに……)
じわっと悔しさで涙が滲む。
こんなところで。
まだ何もしてないまま死ぬなんて。
今世でできなかったことが思い出されて後悔した。
(こうして後悔するのなら、もっと好き勝手生きればよかった……っ。マリアンヌやハーパー、オリビアともっと遊びたかった。アイザックとのことだって、もっとちゃんと……)
「ぎぎぎ……てこずらセやがッテ……!」
「っっっっっっっっ!!!」
足を無理矢理引っ張られて振り回され、千切れそうなほどの痛みに絶叫すら出ない。
前世で火炙り、今世で引き千切られて死ぬのかと思うと、自分のあまりの不運さを呪った。
(私が一体何をしたというのよ。私はただ平穏な人生を送りたかっただけなのに……っ)
己の無力さに絶望し、力尽きかけてたときだった。
「クラリス!」
「大地の生命の根源よ、ヤツの四肢を拘束せよ!!」
アイザックとアイザックとは違う声が聞こえる。
シュルシュルと音が聞こえたかと思えば、オーガの四肢は蔓や根で拘束され身動きが取れなくなっていた。
上手く動けなくなってジタバタと暴れるオーガ。
オーガが暴れているうちに、私の身体はヤツの手から離れ、また地面に落ちそうになるのを誰かによって受け止められた。
「クラリス。大丈夫かい?」
「エディ、オン……?」
顔を上げるとそこにはまさかのエディオンがいて、普段の穏やかな表情とは違って焦った様子だった。
「よかった、まだ意識はあるね。あとは僕に任せて」
「で、でも……っ」
「大丈夫だよ、だからおやすみ。心穏やかに、安らかに眠りなさい」
エディオンに魔法をかけられると痛みも消え、意識が遠ざかる。
そのまま私は、彼の腕の中で眠りについてしまった。