第二十二話 オーガ
「アイザック、どこにいるんだろう……」
探すといないのがアイザックだ。
以前、お礼を言おうとしてたときも全然会わなかったことを思い出しながら、私は校内をあちこち歩き回る。
それにしてもNMAの校内は広い。
授業に行くときは移動魔法で目的地まで移動できるが、対象が移動してるとなるとしらみつぶしに歩いて探さないといけないため、誰かを探して見つけるというのは非常に難易度が高かった。
「全然見つからないー」
探しても探しても見つからない。
もしかしたら入れ違いになってしまって、もう寮に戻ったのかもしれないと思ったそのときだった。
「何をしているの?」
不意に声をかけられてそちらを向くと、見知らぬ女生徒が立っていた。
「あ、あの、人を探してて……」
「誰を探しているの?」
「えっと、アイザック・ノースくんを……」
ちらっとタイを見るとどうやら同じ一年生らしい。
NMAは少人数とはいえ、全員の顔と名前が一致してるわけではないので、「こんな子いたっけ」と頭の隅で考える。
「彼なら、地下室に向かったわよ」
「地下室?」
「えぇ、先生に頼まれごとをしたのだとか言ってたわ」
「そうなのね。えっと、私地下室の場所知らなくて。貴女は地下室ってどこにあるか知ってる?」
「そこの先を真っ直ぐにいったとこにあるわ」
「そうなのね。教えてくれてどうもありがとう」
「どういたしまして」
(親切な人がいてよかった)
私は彼女にお礼を言うと教えてもらった通りに進んでいく。
だから私は気づかなかった。
その少女の姿がどろりと変わり、私の後ろ姿を見ながらにやりと笑っていたことを。
◇
「なんか、冷える……。というか、NMAにこんなとこあったんだ……っくしゅ」
奥に進めば進むほどひんやりとしていた。
湿気なのかなんなのか、ジメッとしていて肌寒く、カビ臭さもあってつい顔を顰めてしまう。
地下だから光も届かず、魔法で手元を明るくしてやっと見えているくらいの明るさで、正直心許ない。
こんなとこにアイザックは何の頼まれごとをしてるんだろうと思いながらも地下へと続く階段を降りていった。
バタン……っ!!
「うぎゃっ!」
響く大きな音に、思わず身体が飛び跳ねる。
「え、ドアが閉まった……?」
ここに入るとき、ドアは持ち上げ式の扉で非常に重かったからわざと開けっぱなしにしておいたのだが、誰かが間違えて閉めてしまったのかもしれない。
(戻って開け直そうかな。でも、戻るのも面倒だし。まぁ、私だけだったら開けるのは難しいだろうけど、アイザックがいるなら彼に開けてもらえばいいか)
なんて呑気なことを考えながら、私はさらに下へ下へと降りていく。
「暗いし、なんか気味悪いし、アイザックったら本当にこんなところにいるのかしら」
やっと階段を降り切ったと思えば、中はさらに暗くて震えるほど寒い。
こんなところならいつもみたいに式服のローブを羽織ってればよかったと思いつつ「アイザック~? どこにいるのー? いたら返事をしてー!!」と大きく声をかけたときだった。
「っっっっっっっ!」
声を出した瞬間、ざわざわざわっと背筋に殺気が走って肌が粟立つ。
ピシッと空気が凍りつき、何かが奥からのそりのそりとやってくる感覚に足が竦んだ。
「な、何……? アイザック……なの……?」
アイザックではないことは察しながらも、私は彼の名を呼ばずにはいられなかった。
震える足をゆっくりゆっくりと動かしながら、平然を装って後ろに後退りする。
(ここにいてはダメだ。このままここにいると死ぬ……!)
本能が、前世の経験が、私にそう告げる。
だから私は元来た道を戻ろうと後ろを振り返ろうとした。だが、
「……っ!?」
ぬぅっと今まで見たことないほどの大きい何かが自分を見下ろしていた。あまりにもびっくりしすぎて足がもつれて尻餅をついてしまう。
「な、何で、こんなところに……っ」
私なんて丸呑みできそうなほどの巨体。
それはこの世界での絵本でしか見たことない怪物だった。
「オーガがいるの!??」
「うげ、げげげ……美味ソウなエサ! ……やっと、エサ、食べれル……げげ……」
だらりと涎を垂らし、ぎょろりと大きな双眸がこちらをしっかりと捉えているのがわかる。
どう考えてもこれは冗談でも幻影でも夢でもなかった。
(このままだと確実に捕食される……!!)
「げげ、げげ……いただき、マース」
「灼熱の焔よ! その身を焦がせ!」
「あっち! あちちちち!!」
手を伸ばされ、捕まりそうになった瞬間に無我夢中で魔法を放つ。
オーガは熱さで身を捩り、身体にまとわりついた火を消そうとジタバタと暴れ回っている。
その隙に自分の震える身体に魔法をかけ、全力で駆け出した。
「やだやだやだやだ、こんなとこで死にたくない!!」
(前世が火炙りで今世は食われるなんて、そんなの冗談じゃない!!)
私は必死になって走り出すも、いつのまにかやってきた道に先回りされて、慌てて急ブレーキをかける。
「追いかけっコか? でも、おで……腹減っタ。ハヤク、お前、食ベタイ!!」
「私は食べられたくないの!!」
再び私は走り出して、今度は中に戻って狭い場所を探す。
オーガの巨体では入り込めないスペースを探しながら、ひたすら体力が続く限り走り回った。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
「エサーーー! どぉこダー!? ハヤク、出てコイーーーーー!!」
「出てこいって言われて、のこのこ出て行くやつなんていないでしょ……っ」
息を切らしながら柱に身を潜めると、必死にどうやってこの難局を切り抜けるか考える。
咄嗟に使えたのは火の魔法だが、やはり前世の影響か、すぐにイメージできるのは火の魔法だけだ。
となると諸刃の剣ではあるが、火の魔法を駆使して逃れるしか方法はない。
(でも逃げたところでこの怪物が学校に出ては危険よね。そもそも、アイザックはここに来たというのが嘘でないなら、もしかしてアイザックはもう食べられてしまったとか!?)
焦りで思考が悪いほうへ悪いほうへと行ってしまう。
(こんなことならもっとちゃんと防衛術について調べておくんだった!)
そんな今更なことを思いながら、「こうなったら私が前世で味わった火炙りくらいの魔法をお見舞いしてやろうかしら……っ」と考えたときだった。
「見ィいいいいつーーけターーーーー!」
「しまっ……っ」
ガシッ!!!!
思考に集中しすぎたせいか、オーガの気配に気づかずに身体を鷲掴みされる。
「うっぐ、ぅあ……は……くぅ……」
思いきり握られているせいで全身が軋む。
内臓が押し潰される感覚と共に、息ができずにだんだんと意識が遠のいていくのがわかる。
(このままじゃ、私……っ、食べ、られる……)
頭でわかっていても薄れていく意識の中、どうすることもできない。
身動きも取れず、息もできない以上、魔法を出すことすらできなかった。
「今度コソ、いただきマーーーース!!」




