第二十一話 引きこもり
飛行術の授業を終えたあと何となくアイザックと一緒にいるのは気まずくて、一人カフェテリアを歩く。すると、ちょうど出会したマリアンヌに引き留められて、一緒にランチをすることになった。
そこで私の様子がおかしいことに気づいたマリアンヌがすかさず尋ねてくる。
「どうしたの? 今度はノースくんと喧嘩した?」
「え? いや、そういうんじゃないんだけど……」
喧嘩をしたわけじゃない。でも、いつも通りにはできなくて、どうしても気にしてしまう自分がいる。
引きこもっていたのと前世のこともあって人との距離感がおかしいことは自覚があった。思い返してみても、あのときはどう見ても自分のお節介だったと反省する。
「何かあったの?」
「うーん、あったというか私がやらかしちゃったというか……」
「どういうこと?」
マリアンヌに聞かれて先程の出来事を話す。
すると、「うーん、なるほど」と考え込むようにマリアンヌが呟いた。
「ちょっと噂で聞いたんだけど」
「うん?」
「ノースくんもクラリスと同じで不登校でミドルスクールには行ってなかったみたいなのよ」
「え!? やっぱりそうだったの!?」
以前、心の中で冗談としてそんなことを思ったことはあったが、どうやら事実だったらしい。
言われてみれば、以前私が引きこもりと言ったら驚いてはいたようだが、特に偏見を持つわけでもなく普通に受け入れてくれていた。
それは自分も同じ境遇だったからかと納得する。
ある意味、私が勝手に親近感を持ったのもあながち間違いではなかったらしい。
「でも、どうして。引きこもるタイプには見えないけど」
「それが、ミドルスクールで魔法での傷害事件を起こしたらしくて」
「アイザックが?」
無愛想だし強面ではあるけれど、心根は優しく素直で私に対してもすぐに気遣ってくれるアイザック。だから何かの間違いではないかと思った。
「私も噂で聞いただけだから、本当かどうかはよくわからないけど。密かに周りから敬遠されてるのも、見た目やその悪評のせいで怖がられてるからだとか」
「そんな……。ちょっと変わっているところはあるけど、別に全然怖くなんてないのに……」
だから会ってすぐ、「俺が怖くないのか?」なんて聞いてきたのかと思い出す。
いつも一人でいたのもきっとその噂のせいだろう。
前世で偏見を持たれ、勝手なイメージで処刑された身としてはその苦しみが痛いほどわかった。
「それもあって、勉強とか魔法とか大して使いこなせないのにNMAに入学できたから、実はノース公爵のコネを使ってコネ入学でもしたんじゃないかって尾鰭がついて悪評が立ってるみたい」
「そんな……コネなどが一切ないことなんてみんながよくわかってるでしょうに」
今日の飛行術のときのあの立派な翼は、本来の力を発揮すれば私なんか比じゃないほどの魔力を秘めていることの証左だ。
「嫉妬などもあるんでしょうね。あとはただ見下す相手が欲しいだけか。そういう愚かな人間は実際に多いから」
(確かに、そうよね)
人間が愚かなことは前世からよく理解している。
だからこそ私は今まで人間が怖くて、悪意を向けられたくなくて引きこもっていた。
誰からも興味を持たれないように喪女を目指していた。
けれど、NMAに入ってからマリアンヌ以外の友達も増えて、アイザックとも仲良くなって、魔法も使いこなせるようになって、今までなかった世界を味わうことができた。
ただ引きこもって平穏な生活を手に入れるだけが人生ではないと、少しずつ思えるようになってきた。
(マリアンヌが私を外に連れ出してくれたときのように、私もアイザックの力になりたい)
「私、アイザックの力になりたいな」
「クラリスならなれるわよ。善は急げって言うし、今夜の夕食一緒に食べようって誘ったら? そこでちゃんと謝って、少しずつでも関係を築いていったらいいと思うわ」
「なるほど、そうね! 私とマリアンヌもそうだったように」
「ふふふ、私とクラリスの耐久勝負と比べたら絶対アイザック攻略のほうが簡単だと思うわよ?」
「う。確かに」
引きこもってたときの自分は相当に厄介だったことを思い出す。
外に行きたくない。
知らない人と話したくない。
同じ空間にすらいたくない。
と、当初はマリアンヌを拒絶しまくってたことを今でも覚えている。
それを辛抱強く、贈り物をしてくれたり遠くから話しかけてくれたりとマリアンヌは私が慣れるのを待ってくれた。
そして結局マリアンヌと会えたのは最初の接触から一年後。
我ながら難儀な性格をしていると思う。
「でも、よくマリアンヌはこんな頑固な私に諦めずに接触してたわよね。普通だったら匙を投げちゃうでしょうに」
「ふふ、確かに。最後は私も意地になっていたし、根気比べのようなものだったと思うわよ? それに、そこまで人嫌いっていうのはどんな顔か見てみたくもあったの。まさかこんなに綺麗な子だとは思ってなかったけど」
「え、それは私がブサイクだと思ってたってこと?」
「そこまでは言ってないわよ。……ただちょっと、顔に自信がないからかなーって思っただけ」
「え、それ初耳なんだけど!」
「ふふ、だって今初めて言ったもの」
まさかのマリアンヌのカミングアウトに驚きつつも、ありがたいことだなぁと思う。
改めてマリアンヌの偉大さを感じながら、私はアイザックを夕食に誘うべく、彼を探すのだった。




