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第十五話 アイザック

「はぁぁぁぁ」


 図書館の中で大きな溜め息をつきながら、私は重い足取りで一人とぼとぼ歩く。


 昨夜はマリアンヌと喧嘩……いや、一方的に私が大嫌いと言ってしまったせいでずっと彼女とは気まずいままだ。


 ハーパーとオリビアがいるだけまだ救いがあったが、同室だとこういうデメリットがあるのかと今更ながら気づく。今だけ言えば、クラスが別でよかったと心から思えた。

 もし同室だけでなく、クラスまで一緒だったら気持ち的に逃げ場がなくて、本当にNMAを辞めることになっていたかもしれない。


「はぁ。とはいえ、勝手に辞めたら家帰るのも気まずいし、八方塞がりだわ。あー、もー……考えてもしょうがないから、早く気持ち切り替えないと」


 今は魔法史の授業なのだが、まずは各自テーマを決めてレポートを作成するそうで、今回は図書館の利用方法もかねて図書館で授業をするらしい。

 気が重いままではあるが、来ている以上授業は受けなければとうろうろと図書館を歩き回る。


 だがさすがNMAの図書館、一日では回りきれないほど広かった。


「どうしよう……」


 魔法史といっても範囲は漠然としている。

 この世界の始まりの原世から現代まである魔法の歴史で、具体的にどの魔法についての変遷を辿ろうか、時間のこともあるしあまり難しくないテーマは何だろう? と私は頭を悩ませた。


「はぁぁぁぁ」


 マリアンヌのこともそうだが、授業を含めて非常に気が重い。


 このレポートは必要なら誰かとチームを組んでいいとのことだが、もちろんそんな相手はいない。

 いや、正確にはエディオンが私と組みたがっているのはわかっていた。


 だが、彼が第三王子だという事実や婚約者がいると知ってしまった以上、今以上に喪女生活が脅かされるのは勘弁なので、私は彼の存在を察知しては隠れて逃げ回っている。

 それを何度か繰り返しているせいでまともに集中してテーマを絞れる状態ではなく、落ち着かないまま図書館の中をぐるぐると当てもなく彷徨っていた。


 けれど、他のクラスメートは既にテーマを決めたのか、だんだんと書架にいる人数も減ってきていてさすがに焦りが生まれてくる。


「このままだったら必然的にエディオンと組むハメになりそうだし、ちょっと難しいけど防衛術の歴史にしようかしら」


 防衛術は最近確立された魔法であり、歴史が浅いぶん資料が少ない。

 そのため選択する生徒もいないだろうと、私は防衛術関連書籍のコーナーに向かった。


「エディオンは、……いないわね」


(なぜこうもコソコソしなければならないのか)


 そんなことを思いつつも、遭遇したら上手く対処できる自信はなかった。

 だがもし彼に見つかってしまったあかつきには、押しに負けてペアになってしまうのがオチである。


 その事態だけはどうやっても避けたかった。


(私は今世で何としてでも平穏な喪女生活を送りたいのよ……!!)


「あったあった。ここね。うーん、防衛術の本……防衛術の本……と」


 ぐるりと辺りを見回したが目線の先にそれらしい本はない。

 百六十センチメートルほどと周りに比べて身長があまり高くない私は、今度は首をグイッと大きく上に向ける。すると、今回のテーマによさそうな『防衛術はどうして生まれたのか?』という本を見つけた。


 だが、明らかに私の身長では届かなそうな位置にある。

 辺りを見渡しても踏み台になりそうなものは見つからず、司書も兼ねている図書館にいる妖精も近くには見当たらなかった。


(うーん、困ったなぁ。届かない。いや、待てよ、だいぶ背伸びをしたら届くかもしれない……?)


「うーん、と……位置的には確かこの辺、よね……?」


 一生懸命背伸びをしているせいで本がよく見えない。

 この辺にお目当ての本はあったはず、とつま先立ちでぷるぷると震えながら必死に本へと手を伸ばしてるときだった。


 突然ぬうっと自分の視界が暗くなり、びっくりして足がもつれて転びそうになるとガシッと何かによって腹に腕を回され、身体が支えられる。


「……キミは何をやっているんだ」


 呆れたような声が聞こえて顔を上げると、そこにはノースくんがいた。

 思いもよらぬ人物との遭遇に、頭が真っ白になる。


「あ、えっと、その、そこにある本を取ろうと思ったんだけど、取れなくて」

「どの本だ?」


 しどろもどろになりながら答えると、表情が一瞬険しくなったあとにぶっきらぼうに尋ねられて、私は思わず面食らってしまった。


「あの、そこにある『防衛術はどうして生まれたのか?』という本、なんだけど……」

「これか?」


 ノースくんはひょいっとお目当ての本を軽々と取ると、「はい」と渡してくれる。


「あ、ありがとう」

「キミも防衛術のことを調べるんだな」

「キミもって、ノースくんも?」


 私が聞くと、一瞬顔を顰められる。


(……何か変なことを言っただろうか)


「まぁ、そんなところだ」

「クラリス!」


 ノースくんと喋っていると、不意に聞き慣れた声が聞こえてきて、私はびくりと身体を跳ねさせる。


 ゆっくりと声がしたほうを向くと、案の定ニコニコと微笑むエディオンがいて、こちらに向かって歩いてきた。

 そして、チラッと私の手元にある本を見て、さらにニコニコと笑みを浮かべる。


「クラリスも防衛術のテーマでレポートを書くんだね。実は、僕もそのテーマで書こうと思ってたんだ。せっかくテーマが一緒なら、よかったら僕とペアを組まないかい?」


(明らかに今、私の手元の本を確認してから言ったでしょう!?)


 思わず問い正したくなるが、そんなことを面と向かって言えない私はこの状況を打破するべく、「どうしようどうしよう」と脳内で解決策を考える。


「では、俺はこれで……」


 ノースくんがさも自分は関係ないとばかりにどこかへ行こうとした瞬間、私は「そうだ!」と閃き、踵を返してどこかへ行こうとするノースくんの腕にしがみついた。


「なっ、何す……っ」

「わ、私、ノースくんと一緒にレポートを作成することにしたの!!」


 自分でもびっくりするような大きな声が出る。

 その声にエディオンはもちろんのこと、ノースくんもびっくりしているようだった。


「……どういうことだ」

「ごめんなさい、今だけ話を合わせて……っ!」


 一応空気を察してくれたらしいノースくんが小声で話しかけてくるのを、私もヒソヒソと答える。

 コソコソと二人でやりとりをしていると、エディオンが「そ、そうなんだ」と引き攣った笑みで私達を見ていた。


「あ、でも、彼と一緒に作るよりもきっと僕の方が有意義なレポートを作れると思うよ?」

「そんなことないわ。それに、先にノースくんと約束したし、だから今回はごめんなさい」


 私がいつもと違って毅然に答えると、「そう。それは残念。では、今度は一緒にやろうね」と言って去ってくれた。


「ふぅ、よかった」

「……とりあえず、離れてくれ」

「あ、ご、ごめんなさい!」


 言われて自分が抱きつくように彼の腕にしがみついていたことに気づく。

 心なしかノースくんも赤くなっているような気もするが、多分気のせいだろう。


「で、どういうことなんだ?」

「ごめんなさい、巻き込んで。ちょっとエディオンとペアになりたくなくて……」


 素直に気持ちを吐露する。

 なんとなく、ノースくんには言ってもいいような気がして、つい本音を漏らしてしまった。


「昨日のパーティーまでエディオンと一緒にいなかったか?」

「そうなんだけど、色々と事情があって」

「……そうか。まぁ、気持ちはわからんでもないが。それで? 本当に俺と一緒にレポートするつもりなのか?」


 私が事情を濁しながら話すと、ノースくんは詮索する様子もなく静かに頷く。


「あ、もちろん、ノースくんが嫌じゃなければ、だけど。……ダメかな?」

「わかった。だが、エディオンが言っていたように俺はあまり戦力にはならんと思うがな。それと、ファミリーネームで呼ぶのはやめてくれ。あまり好きじゃないんだ」

「ご、ごめんなさい。えっと、じゃあ……確かアイザックくん、だよね?」

「アイザックでいい」

「私もクラリスでいいわ。あ、ちなみに私の名前はクラリス・マルティーニというのだけど」

「知ってる」

「え?」

「クラスのやつの名は全員知ってる。とりあえず席の方に移動するぞ。妖精達がいい加減静かにしろと煩い」


 言われて頭上を見上げると、そこにはいつの間に現れたのか明らかに憤怒の表情を浮かべた妖精達が私達の頭上をぐるぐると回っていた。

 どうやら先程の騒ぎを聞きつけ、図書館内では静かにしろと怒っているらしい。


「あ、ごめんなさい! じゃあ、行きましょうか」

「あぁ」


 そう言うとノースくん改め、アイザックはさっさと行ってしまう。

 読めない人だなぁ、と思いつつも悪い人ではなさそうだと思いながら小走りで彼のあとを着いていくのだった。

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