第十一話 エディオン
「はいっ!? あの、え……っと」
「それとも他に誰かペアを組む相手がいるのかな?」
「い、いえ! まだ、いません、けど……」
「だったらちょうどいい。僕もペアがいなくて困っていてね。ぜひともペアになってほしいのだけど、ダメかな?」
「あ、じゃあ、よろしくお願いします……」
またノースくんに声をかけられなかった、としょぼんとしつつ、隣の彼にこそっと視線を向けると「ん?」と小首を傾げられて、あまりのかっこよさに顔が熱くなる。
(何で私に声かけてきたんだろう。これだけイケメンなら男子だけでなく女子からも引く手数多なのでは?)
キョロキョロと視線をさらに周りに向けると、案の定女子からの突き刺さるような視線を感じて思わず「ひっ」と小さく叫んだ。
その視線の鋭さは身の危険を感じるほどで、精神衛生的にそれ以上周りを見たらメンタルを病みそうだと見るのをやめた。
「僕は、水の寮生のエディオン。キミは、確か火の寮生のクラリス、だったっけ?」
「な、何で、名前……知って……」
「入学式での一件は有名だし、かなり衝撃的だったからね。多分、新入生ならみんなキミのこと知ってるんじゃないかな?」
(なん、だと……?)
名前を覚えられるほど注目を浴びてたのか、とまた頭が痛くなる。
目立つことは避けたいと思っているのに、前世から私は災厄にでも取り憑かれているのではないかと思うくらいの不運続きだ。
ただ大人しく、人生を最期まで全うしたいというだけなのに。
「はは、そんなに身構えないで。それともそんなに僕が怖いかな?」
「い、いえ、そんなことは……ないです、けど」
(むしろ周りの視線のほうが恐いんですけど!)
未だにチクチクと刺さる視線。
こそこそと「見た目がいいからって」「あんな変な子のどこがいいのかしら」という前世でも身に覚えのあるような言葉の数々が聞こえて来て、私のメンタルをさらに削っていく。
(私のせいじゃないのに理不尽……!)
思っていても言えるはずもなく、とりあえずこの授業が終わるまでだと授業に集中する。そうでもしないと今にも吐きそうなくらいメンタルがボロボロだった。
「入学してすぐの授業だというのに、随分とハードルが高いよね。クラリスもそう思わない?」
「そ、そうですね」
ちなみに、今受けているのは必修授業である薬草学だ。
初回から教科書を読み込むだけでなく、それぞれの薬草について実際に触れて感じて、効用などを考察してレポートを出せという、初回とは思えないほどのハードルの高さだった。
さすが上位魔法学校と呼ばれているだけはあって、ハイレベルなことは間違いないようだ。
「この見た目と匂いは傷を癒す薬草だと思うんだけど、クラリスはどう思う?」
エディオンは私がビビってるのを察しているようだが、そのわりのはグイグイとくる。
今もなぜか勝手に名前呼びしてるし、距離もめちゃくちゃ近い。
ちょっといい匂いがするのもいかにも女性にモテそうで、何でこんな陽キャが私なんかに、と思いつつも、「やっぱりこの見た目のせいか」と自身の見た目を呪う。
正直、こうして積極的な男性が苦手な私にとって、この時間は苦痛でしかなかった。
けれど、そんな顔を見せるわけにもいかずに、少しでも前世とは違った行動をしようと、相手に合わせて会話をするように努める。
「確かに、この特徴的な見た目……あと甘い匂いはこのページのウマル草に当てはまるかもしれないですね。……って、ち、近くないですか?」
「ん? あぁ、いや、キミの瞳はまるで澄んだ空の色のようだと思ってな。こんな綺麗な色、初めて見たよ」
「あ、ありがとうございます……」
礼を述べながらもフードを深く被り直す。
まだ顔をじろじろと見られるのはどうしても慣れず、私は俯きながらレポートを書くのに集中した。
「こっちはバジリスク草で間違いなさそうだね」
「はい。蛇のような見た目が特徴と書いてましたから。解毒に使われるのは主にこの分厚い葉の中の汁らしいですね」
「そうだね。……ねぇ、クラリス。せっかく同じクラスなんだ、敬語じゃなくてもっと気軽に話してくれ」
「え、っと、善処します」
「うーん、手厳しいなぁ。あぁ、こっちの薬草はペラリン草だね。主に育毛に使われる、と」
「そうみたいですね。……だいぶレポートできてきましたね」
エディオンとの会話を淡々とこなしながらレポートを進める。
私が適当にあしらっているにも関わらず、めげずに軽口を叩くエディオン。思わず感心してしまうくらい彼は積極的に私に話しかけてきた。
(こんな会話も盛り上がらないつまらない変な女と話してて、何が楽しいんだろ)
ぶっちゃけ自分なら絶対こんな女ごめんだ。いくら見た目が良くたって性格が悪ければ普通の人なら敬遠するだろう、とそっと窺うようにエディオンの顔を見る。
すると、ちょうど彼もこちらを見ていたようでアメジストの瞳と視線がぶつかった。
そして目が合ったことが嬉しいのか、先程よりもニコニコと微笑まれて私はなんとなく気恥ずかしさを感じて俯く。
「レポートはこれで以上、ですよね?」
「あぁ、そうだね。そうだ、クラリス。今度の新入生歓迎会のパーティーは僕と一緒に参加してくれないかい?」
「はい、わかりました。って……え? 今なんて言いました?」
適当に相槌を打っていたのが仇になった。
明らかにレポートとは全く無関係な話題であったにも関わらず、ついろくに聞かないで返事をしてしまった。
「あぁ、ありがとう。ずっと相手を探してたんだ」
「いや、え、ちょっ……! 待って、エディオンさん!?」
「エディオン」
「はい?」
「エディオン、と呼んでくれるまで僕は返事をしないよ」
「えぇ!? え、いや、ちょっと待ってください」
エディオンは本当に先程までペラペラ喋っていたというのに突然、つーんとそっぽを向き始める。
(なんなのこの人、すっごいめんどくさい!)
なんて思いながらも、グッとそんな気持ちは出さずに「エディオンさん、このあと発表もあるので、そういった態度は……やめていただけると……」「エディオンさーん、とにかく話を……」と話しかけるも一向に返事をしてくれず、あまりの頑なぶりに私は撃沈した。
「え、エディオン。とりあえず、話を……」
「なんだい、クラリス。恥じらいながら僕の名を呼ぶキミも素敵だね」
「それは……どうも。というか、さっきの話……」
「ん? あぁ、パーティーへの同行の取り消しは聞かないよ?」
「えぇ!?」
「さっき、いいお返事をしてくれただろう? それでやっぱりなしはなしだよ。それに他に相手がいないなら僕でも構わないだろう?」
(察しがよすぎるのも考えものというか、この人わかってて色々やってるのではなかろうか)
疑いつつも、そんなこと直接聞けるほどのメンタルを私が持ち合わせてるはずもない。
それ以上抵抗することもできず、渋々私は「はい、では……お願いします」と降伏するのだった。