第9話 行尸走肉②『中級悪魔』
その悪魔はゴツゴツとした皮膚、というか石で、鋭い鉤爪に大きな翼。そして黄色い眼が二人を見る。
「離れろ!」
悪魔は両手を上げる。赤い魔法陣が展開され、パリパリと不気味な音が響き渡る。悪魔は魔法陣を悠の方に向ける。悠はとっさに魔具のナイフを取り出す。が、悪魔の攻撃のほうが早く、バチンという音とともに悠は吹き飛ばされた。
「ぐっ!?」
悠が吹き飛ばされ、リーゼウスは悠を追いかけようと踏み出すが、すぐに悪魔が前を遮ってきた。そしてさらにもう一体同じ姿の悪魔が現れ、元いた悪魔が何か指示のようなものを出すと、悠の方に向かって行った。
それを見てリーゼウスは動揺した。
魔術師には階級がある。基本的な魔術が使え、下級の悪魔に勝てる実力があれば下級魔術師。それに加え上級魔術を使いこなし、かつ中級以上の悪魔を最低十体倒した実績を持ち魔術会幹部の推薦を得ることができれば中級魔術師。そして上級魔術師が存在するがこれについては上級以上の悪魔を倒す実力をもち、さらにその魔術師固有の魔術、『極大魔術』を保有しているかどうかで決まる。
これと同様に魔術会は悪魔を階級別で区別している。魔術をほぼ使わず、まともな知能もなくただ突っ込むだけの悪魔は下級悪魔。知能を有し、魔術を巧みに使う悪魔を中級悪魔。中級の能力に加え大規模な攻撃を仕掛ける悪魔を上級悪魔。将として悪魔を率いるクラスの悪魔を魔将級悪魔。魔将級については上級魔術師同様、極大魔術を保有する。
「意思の疎通を図っている……!最低でも中級か!」
リーゼウスは杖を取り出し、悪魔に向ける。悪魔はリーゼウスを敵と認識し、ゆっくりと間合いをとる。知能を持つ悪魔は戦い方を知っている。魔術師相手に正面から特攻は仕掛けない。
最初に動いたのはリーゼウスだった。
「爆ぜろ!!!」
先手を打つべくリーゼウスは爆破魔術で悪魔を怯ませる。悪魔はその場を飛んで避ける。悪魔がいた場所は爆発し、地面が抉れる。
リーゼウスはそれを見て炸裂魔術をくらわせる。
「切り裂け!!!」
悪魔の翼が切り落とされ、悪魔は悲鳴を上げながら墜落する。リーゼウスは身体強化魔術をかけ、瞬時に距離を詰める。
悪魔が落ちてくるところにピタリとつけ、そしてそっと杖を出す。
「お前、のろまだな」
リーゼウスの杖先に白いモヤのような玉ができる。リーゼウスはそれを悪魔にぶつける。悪魔は顔面に亀裂を走らせて吹っ飛んだ。
悪魔は悲鳴を上げながら赤い魔法陣を展開し、魔術を放つ。
「バカの一つ覚えみたいに魔力弾連発しやがって。タメが多すぎんだよ!」
リーゼウスが杖を振る。
キン、と音がし、悪魔の首がポロリと落ちた。
「出直してこいバカ野郎」
リーゼウスは杖をしまおうとしたがその手を止め、大きく息を吐く。
木陰からぞろぞろと悪魔が出てくる。数は見える範囲だけで二十を超えている。
「中級相当が二十以上か……さすがにそれは初めてだぞ」
リーゼウスは冷や汗をかく。心臓がバクバクとうるさいくらいに脈打つ。杖を握る手に力が入る。今まで下級悪魔の群れと戦ったことはいくらかあったが、中級相当の群れは初めてであった。
「アレンさんが言ってたな。上級悪魔単体は中級悪魔十体分の強さだって。それが本当なら上級二体相手にするもんだぞこれ」
悪魔たちは一斉に赤い魔法陣を展開し、魔力弾を放つ。リーゼウスは防御魔術で防ぎ、すぐさま爆破魔術で近くの二体をふっ飛ばす。
「中級魔術師なめんなよクソヤロウ!やってやる――――」
目の前にナイフが飛んできていた。リーゼウスは紙一重で避ける。それと同時に悪魔が飛んで距離を詰めに来ていた。リーゼウスのこめかみにうっすらと血管が浮かぶ。
「ふざけんなよ!!!!」
※ ※ ※
悠は茂みで乱れた息を整えていた。全身に衝撃が走り、息がうまくできない。
「はっはっ……!」
今悪魔が来たら絶対にやられる。そう思い来ないことを祈ったが、悪魔に慈悲などなく、追撃すべく悠の目の前に現れた。
悪魔は鋭い鉤爪を悠の頭に振り下ろす。悠はぎりぎりで息を吸い、体を捻って避ける。立ち上がり、ナイフを構える。
悠は直感で感じ取っていた。この悪魔は病院で倒した悪魔より何倍も強い。病院であれだけ苦労して倒したというのにそれより更に強いとなると、ほぼ勝ち目はない。
悪魔は尻尾をヒュンヒュンと振り、悠の心臓めがけて突き出す。悠はナイフでかろうじて受け流す。
悪魔の体表はコンクリートのような材質で、ナイフに触れるたびに火花が飛び散る。
「……やばいってこれ」
悪魔は尻尾を突き出し、振り下ろし、鉤爪で切り裂こうとする。先程の魔術は使ってこない。
悠は突き出してきた尻尾を全身で掴み、投げる。だが重すぎて数メートルしか投げれない。悠は歯ぎしりする。その様子を見て悪魔の口角がヒクヒクと上がる。それを見て悠はすぐに気付いた。
この悪魔は笑っている。
「まあ、そうだよな」
悪魔は悠を侮っている。ナイフを振り回すだけの姿を見て悠を敵ではなく捕食対象に切り替えた。今悪魔は狩りを楽しんでいた。
悠は自分が弱いということは自覚していた。魔術が使えないただの人間が魔術の世界で戦うのだ。どうやっても自分は嘗められる。
だがここまで露骨に出されたら悠とて屈辱でならなかった。
「傷つくぞこのやろう」
悠はナイフを突き出し攻撃をする。魔具は悠が悪魔と戦える唯一の手段だ。悪魔も魔具だけには当たらないように避けながらジリジリと間合いを詰める。
そして悠の目前まできた悪魔は鉤爪を振り下ろす。だがそれは悠の間合いでもあった。
教科書通りの、キレイな技だった。
上段蹴り一本。悪魔は頭から地面に叩きつけられた。悠は流れるように悪魔に乗り、ナイフを振り下ろす。悪魔は頭が痛くなるような奇声を上げ、悠を再び吹き飛ばした。
「があっ!?」
悠は木にぶつかり、ゆっくりとずり落ちる。グラグラする視界を何とか戻そうと息を大きく吸う。そして手元で何か光っているのを見つけた。
それは小さな魔法陣だった。
悠はそれを見てナイフをゆっくりと振り下ろす。ナイフが触れたとたん、魔法陣はパン、と音を立てて弾けた。
そして悠は呆然とするのだった。
魔術のネーミングセンスとかは触れないでください。