第6話 四面楚歌③『欠陥品』
アレンは病院の外で缶コーヒー片手にくつろいでいた。程なくしてリーゼウスたちが病院から出てきた。全員表情が暗い。
「すまないなリーゼウス、嫌な役目をさせて」
リーゼウスは頭をかきむしりながらアレンを睨みつける。アレンはどうどうとリーゼウスを諌める。
「ホントですよ?はぁぁ、おれあんなこと一ミリも思ってないのに……。アリスは確かに魔術師としてはムラだらけだけど本調子のときはアレンさん並みに強いし、一条君なんてあんなことがあったっていうのにこの世界に入ってくる勇敢な少年だぞ!?あぁー、おれ最悪だー」
先ほどの二人を蔑むような態度は全てアレンからの指示による演技で、リーゼウスはそのようなことは全く思っていなかった。他の者も同様だった。
「来週には日本に戻る予定だからそれまでに何か美味いもん奢ってやる。それで勘弁してくれ」
その言葉にリーゼウスたちは「絶対ですよ?」と凄むのだった。
「この状況で何もナシだったら見込み違いで本当に追い出されるぞ弟君」
アレンは静かに呟く。
前に進めば悪魔、後ろには死ねと罵る魔術師、隣には絶対に認めないという護衛対象。アレンは悠の周りが敵だらけという状況をわざと作り、悠を試していた。そしてこれは魔術会本部の総意でもあった。
「敵だらけだな弟君。日本にはこれにピッタリの言葉があるんだってな」
――――四面楚歌
※ ※ ※
悠のナイフは悪魔の喉元に突き刺さっていた。悪魔は「ギェエエエエエエエッ!」と断末魔を上げる。そしてバチン、と頭部が弾けた。
悪魔は体をビクンビクンと震わせ、そして動かなくなった。
悪魔の真っ黒い血を浴びた悠は「うぇぇ」と拭い取る。そこに横からそっとハンカチが差し出される。
「……これで拭いてください」
アリスが悠にハンカチを差し出す。悠はその行動に驚く。アリスは悠と目を合わせることなく、そっぽを向いたままだ。そしていつになってもハンカチを受け取らないのにしびれを切らしたのか、アリスが悠の顔をハンカチで拭き始めた。
「人の好意は素直に受け取ってください!」
「いや……君はおれのこと嫌いなんじゃ……?」
「嫌いじゃないです。ただ護衛として認めていないだけです。そもそも一条さんのこと好きとか嫌いとか以前に何も知りませんから」
アリスは悠の顔をきれいにし、ハンカチをしまう。
「さっきの話の続きをしますね。私が先ほど言われたほぼ魔術が使えない欠陥品というのは、文字通りなんです。私は魔術師のなかでも特殊で、満月の夜しか魔術が使えないんです。満月の夜以外は一条さんと同じ、ただの人間ですよ。満月の夜しか戦えない私がこの世界で生きるにはどうしても守ってもらわないといけません。だからアレン先生にお願いして護衛を探してもらっていたんです。つきっきりで守ってくれる人を。でも来たのが……」
「魔術師でも何でもない素人のおれだったと……」
悠はなぜか申し訳なくなった。
「あれ?でもおれ魔術師じゃないけどこの魔具?ってやつで戦えてるぞ?アリスもこれで戦えばいいんじゃないか?」
アリスは首を横に振る。
「それは出来ないんです。私が魔具を使おうとするとなぜか魔力回路が暴走してしまって、ひどいときは意識をなくしてしまうんです。過去にそれでお兄様に迷惑をかけたことがあるので」
「……!アリスにも兄ちゃんがいるんだ」
「はい。魔術会の副会長です。ものすごく強いですよ。ただ、ちょっと過保護なところがあって……」
悠は今の状態をその兄に見せたら殺されるんだろうなーと思いながら身震いするのだった。
「そういえば悪魔ってもう一条さんが斃したんですよね……そろそろアレン先生たちが来るでしょうか?いろいろ話をきかないと――――」
「あー……どうやら終わりじゃないっぽいよ。ほら」
アリスは悠の指さす方に目をやり、息をのむ。そこには暗闇に無数に光る悪魔の目があった。
「〜〜〜〜っ!?なんて数っ!?」
悠は将が作り出したかつての光景を思い出す。二つの景色が重なり、悠の中で怒りが沸々と湧き上がる。悪魔は暗闇からゆっくりと出てくる。もうすでに数えることが出来ないほどに溢れかえっている。
悪魔はこちらに近づきながら一体に集合していく。次々と合体し、段々と大きくなっていく。そして廊下いっぱいの真っ黒い肉の塊に変わる。
「キュルルルルル」
悪魔はフッと息を吹く。すると衝撃波のようなものが二人を吹き飛ばす。
「ぐぁぁ!」
悪魔は悠とアリスを蹴り飛ばす。アリスは打ちどころが悪かったのか、意識を失った。悠は一瞬呼吸が止まり目の前が真っ暗になる。
その瞬間を悪魔は見逃さず、悠の脇腹を食いちぎろうとする。悠はすぐに意識を取り戻し、悪魔の口にナイフを突っ込む。
ナイフが口の中で刺さり、悪魔の口の中が弾ける。悪魔は口元を抑え、暴れる。壁にぶつかり、破壊し、建物を揺らす。床も抜けそうだ。
「ごほっ」
悠は膝をつく。悪魔は悠を睨みつける。はっきりと敵と認識したようで、威嚇をするように吠える。
悠はゆっくりと立ち上がり、ナイフを構える。
「こいよ、クソ野郎!」
※ ※ ※
「そろそろ限界じゃないか?」
揺れる病院を見ながらリーゼウスは呟く。
「まああの二人が悪魔を倒すのは無理だろうな。そろそろ助太刀に入ってネタバラシしますか」
アレンはゆっくりと立ち上がる。
「アレン先生……あの二人が悪魔倒すの、無理なんですよね……?あれ、どーゆーことですか?」
アレンの部下が病院を指さしながら呟く。アレンは病院を見る。病院の壁にミシミシと亀裂が入り、そして壁が爆発した。そこから出てきたのはアリスを抱える悠とナイフで滅多刺しにされて逃げる巨大な悪魔だった。
その光景にアレンたちは驚きを隠せずにいた。
「……!まーじか、これはさすがに驚きだ」
意識を取り戻したアリスは悠の腕の中であることが頭をよぎっていた。
――――ああ、また迷惑をかけてしまった
まだまだ序盤です。