第3話 推定無罪の原則
――――一条将の弟、一条悠は兄の将と共謀し扉を開いた疑いあり。直ちに処分を降すため、捕縛を命ずる。
アレンと新蔵は悠たちがいた場所に戻る。そこでは土下座ポーズで待機するアレンの部下たちがいた。
「……その様子だと連れていけたのは病院じゃなくて日本支部って感じだな」
「アレンさんほんっっっっとーにすいませんでした。一応アレンさんの部下っていう自負はあったんですけど、それでも私みたいな超絶下っ端魔術師がめちゃ強い上級魔術師様に敵うはずがないんですごめんなさい」
悠は既に日本支部に捕縛されていた。
場所は変わって魔術会日本支部。ここは日本の魔術師の中枢の機関で、特殊な魔術で隠蔽されており毎日コロコロと場所が変わっている。一般人や闇堕ちがフラッと入ってこないようにするためだ。
悠はそんなところの地下牢で繋がれていた。
「あのー、おれ何で捕まってんの?」
悠は牢の外で監視をしている男に声をかける。が、男は悠の言葉に一切反応せずただ冷たい視線を送ってくるだけだった。
牢の中は非常に不衛生だった。乱雑に置かれた今にも骨組みが折れそうなベッド、ビリビリに破れたシーツ、ハエのたかるトイレ。刑務所のほうがよほど環境がいいと思われる状態だ。
悠は手足を縄で縛られた状態でベッドにこしかけていた。悠はベッドに横になり先程の出来事を思い出す。
「はあ、何がどうなってんだ」
※ ※ ※
魔術会日本支部の地下に日本の魔術を牛耳る者達が君臨していた。彼らは長机を囲むように座り、静かに佇んでいた。そんな厳かな空間にアレンがKY全開で扉を思いっきり蹴破って入ってきた。
「おいアレン、ここをどこと思っている。品がないぞ」
「保身に走って身内でバチバチしてるお前たちには言われたくないな。こっちは女を待たせてんだ、手短に済ませる。報告もあるが先ずは一条悠の件だ」
アレンは手前の椅子に腰掛け、机に足を乗せる。彼らはアレンを卑下するような目で見るがアレンは一切気にしない。
「捕縛とはどういうことだ?確かに彼は一条将の弟だが魔術のまの字も知らない素人だ。しかもどこをどう見てもただの被害者だ。それを捕縛して牢に繋ぐとは……権力に溺れたジジィどもはついに耄碌したか?それとも天下の日本支部はただのビビリか?」
「口の聞き方に気をつけろよ小僧……!」
「一条悠は今までずっと一条将と一緒に生活をしていたんだ。疑うのは当然だろう。我々の行動に落ち度はない。一条悠の疑いが晴れれば解放してやる。それまでは我々の取り調べを受けてもらう。何せ千人近く殺されているからな」
筋骨隆々の男が笑いながら答える。彼の名前は郷地剛。見た目の通り何でも筋肉で解決する男だ。郷地は今回のような魔術師の犯罪を取り締まる。
「取り調べ?お前たちのやることは拷問だろうが。何もないと分かっていてそれをやらせると思うか?素人に憂さ晴らしする暇あったらさっさと闇堕ち捕まえてこいよこの役立たず」
「あぁ?喧嘩売ってんのか?」
アレンと郷地は睨み合う。二人の間に火花が飛び散る。互いの魔力がぶつかり合い比喩ではなく本当に飛び散っていた。
「郷地落ち着け。挑発に乗るでない。アレンよ、お前は儂らに喧嘩を売りに来たわけではあるまい」
白ひげの老人が静かに諌める。
「さっすが西郷老人。あなただけはしっかりしてらっしゃる」
西郷伊佐嘉は魔術会日本支部の長である。名前に西郷とあるがあの西郷と繋がりがあるのかどうかは西郷伊佐嘉のみぞ知るところである。
「一条悠の件から終わらせよう。西郷老人、推定無罪の原則をご存知かな?有罪が確定するまでは罪を犯していない者として扱えってやつ。これは世界的に定められたものだ。それに照らし合わせたら今の一条悠の扱いは非常に不当だと思うのよ。非術師の素人相手にあまりにも非人道的な扱い。本部から睨まれるぞぉ?」
アレンは体を身震いして怯える素振りを見せる。だが西郷は身動ぎ一つしない。
「だから解放しろと?それは無理――――」
ドン、とアレンが杖を机に叩きつける。その衝撃で机に亀裂が走った。
「西郷老人、おれはお願いをしているのではない。命令しているんだ。一条悠を、今すぐ、解放しろ」
アレンは座りながらも日本支部一同を見下す。余所者の若者にここまでふんぞり返ら偉そうにされながらも何も言えないのはアレンと魔術会日本支部との間にそれだけの実力差があるからだ。
西郷はため息をつく。
「勝手にせい。そのかわり全部の処理は本部の責任だからの」
「りょーかーい。じゃあそういうことで」
そう言うとアレンは立ち上がる。
「あと報告。一条将のほかにあと最低でも三名、闇堕ちを確認した」
部屋がざわつく。
「九州の新庄兄弟とこの地域の監視役が一人。多分ほじくればもっと出てくるだろうな。一条将は徒党を組んで闇堕ちしたぞ」
「……そうか。そんなに……」
「正直言うと日本支部の信用は地に落ちているぞ。ただでさえ禁術を強奪された件もあるというのに今回の扉の件に加えて上級魔術師の闇堕ちまで出している。日本支部の特権の剥奪も考えなくてはならない。郷地、やることは分かっているな」
郷地は舌打ちする。
「あと去り際に青柳墨義が現れた」
青柳の名が出た途端魔術師たちは一斉に殺気を放った。青柳墨義は五年前に日本支部を襲撃し、三十人の魔術師を殺害し複数の扉を開放して「魔将級」の悪魔を三体世に放ち虐殺の限りを尽くした挙げ句、日本支部が保有する禁術を奪ったA級魔術犯罪者で、日本支部の汚点であり因縁の相手である。
「青柳だと……!?であれば今回の件はやつが一枚噛んでいるということか!」
術師たちはバタバタと慌ただしく動く。そして部屋にはアレンと西郷の二人だけとなった。
「西郷老人、青柳は別格の魔術師だ。五年前と違い今は禁術も持っている。……死なないでくれよ」
「分かっておるわい」
※ ※ ※
悠は牢の中で欠伸をしていた。ぶっちゃいうと暇なのだ。そんな中突然牢の壁が破壊された。悠は縛られたまま瓦礫に埋もれた。
「うげ」
「弟君生きてるかー?」
壁を破壊したのはアレンだった。悠は瓦礫の隙間から手を上げて「生きてまーす」と返事をする。アレンは悠を引っ張り上げ縄を解いた。
「さて弟君、君は釈放だ」
「釈放もなにもおれ何もしてないんですけどー……」
「そして君には今選択肢が与えられている」
アレンは悠を無視して続ける。
「一つ目は記憶を消されて今までどおりの生活を送る。君は現在何故か命を狙われているから影ながら護衛をさせてもらおう。二つ目はこのままおれについてきて戦うか、だ。おれとしては前者をおすすめするぞ。あの体験を忘れることができるし今まで通りのほほんと笑って生活できる。何より楽だ。それに比べて後者は辛い。この世界本当に辛い。特に魔術師でも何でもない弟君が生きていこうとするには少々、というかめっちゃ辛い世界だ」
悠は少し考え、そして、
「よく分かんないけど後者……かな?」
「!……その心は?」
「おれのことなのに他人任せにして自分だけ忘れて笑って過ごすのは何か嫌だ。それに兄ちゃんになぜあんなことをしたのか聞かなきゃいけない。それはおれがやらないといけない気がするんだ」
悠は真っ直ぐアレンを見て答える。それにアレンは満足したのか、悠にナイフを渡してきた。
「こいつは魔具といってな、ナイフに魔力を込めてある。これがあれば悪魔や魔術師と戦える。まあ気休めだが」
悠はナイフを受け取る。
「魔術の世界へようこそ一条悠。血生臭い日常を約束しよう」
次回更新は18時になります。
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