第24話 残虐なあなたへ⑨『卑怯者』
「先生、あいつがいる。さっさとやらせてください」
「今度こそぶっ殺してやります」
二人組の魔術師がリーゼウスを睨みつける。先生と呼ばれた男は二人を制止する。
「まあ待て。物事には順序というものがある。何のために準備したと思ってるんだ」
先生と呼ばれる男の顔を見てオルタナはため息をつく。
「まさか、あなたでしたか」
オルタナは男を知っていた。男はかつて魔術会に所属し、上級魔術師として悪魔と戦っていた。「破撃」の名を持つ男はヘレナという弟子を持ち、自分の二つ名を引き継がせ、そして姿をくらました。
「バルボロ・ジェイコブ。行方不明の上級魔術師。まさか悪魔崇拝者になっていたとは」
「バルボロ・ジェイコブ!?あの!?」
「再開の祝杯をあげたいとこだが、残念ながら私は君たちの敵だ。雷光の魔術師には申し訳ないが今はこんなものしか用意できないんだ。後ろを見てくれ」
二人は後ろを見る。
「死に絶えよ!」
バルボロは背後から襲いかかる。だがオルタナはそうくることがわかっていたのかバルボロの方を見ることなく魔術を相殺した。
「バルボロ、あなたは『卑怯者』で有名でしたからね。この程度のことは――――」
「いやいや、何を言っている。ちゃんと後ろに用意してあるぞ?」
「オ……オルタナさん……これって……」
オルタナは後ろを見て驚愕する。先程見た死体がゆっくりと歩いてこちらに向かってきていた。そしてそのさらに後ろには目測で百ほどの悪魔。
オルタナの中で沸々と怒りが湧いてくる。
「前言撤回します。あなたは卑怯ではない。『卑怯で下劣』なクソ野郎です。これまで様々な悪人を見てきましたが屍人の行進を使うクソ野郎はあなたが初めてです」
「お褒めの言葉として受け取っておくよ」
バルボロは笑う。オルタナはこちらに来る死体と悪魔に向けて杖を構え、魔力を集中させる。
「雷撃龍の咆哮!!!」
全てが弾け飛ぶ。
「命を何だと思っているバルボロ!!」
「目上の者には敬語を使えと教わらなかったか雷光の魔術師!」
バルボロが杖を振るうとオルタナの周りの建物が爆発し崩れ、オルタナに向かって倒れていく。
「止まれ」
瓦礫が空中で静止する。オルタナは瓦礫をコントロールし、バルボロに向かって飛ばす。
「爆ぜろ」
バルボロの放つ爆破魔術は基本魔術にして最高度の破壊力を持つ魔術だった。火力が桁違いで、一帯を一瞬にして廃墟に変えてしまった。
「これが破撃の魔術師の師匠……火力が凄すぎる」
リーゼウスは二人の戦いに割って入ることが出来ず、ただ見ていた。そこに二人組の魔術師が襲いかかる。
「今回は時間稼ぎじゃない」
「ぶっ殺す」
リーゼウスは杖を抜き応戦する。病院の時とは違い二人組は容赦なく死の魔術を浴びせてくる。
「魔力弾」
「もうそれは分かったよ!質のいい魔術だろ?ならこっちは火力で凌駕するだけだ!」
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バルボロはオルタナを怒らせるためにわざと卑劣な魔術を使った。オルタナといえどただの人間、怒れば多少なりとも冷静さを失う。
「雷光の魔術師はアレン・グレイマンと並ぶ強さだからな。冷静さを欠け。そして少しでも多く自滅してくれ」
本来の実力ならばオルタナはバルボロなど一瞬である。だがオルタナは怒りに飲まれており、本来の戦いが出来ていない。
病院でヘレナを殺さなかったのも冷静さを欠いたオルタナを引き出し、確実に殺すためだった。バルボロはダメ押しする。
「ヘレナは残念だったな。もう魔術師の道を絶たれたんだって?顔も醜くなって、もともとそれしか取り柄がなかったのにいよいよ存在価値が無くなったな」
「それ以上喋るなクズ。殺すぞ」
「……おー怖い怖い」
バルボロの策は見事に嵌っていた。オルタナは精神面で乱され不利な状況に着々と追い込まれていった。
「ああそうだ。情報屋ってさ、一体どうやって情報の仕入れやってるのかね」
バルボロは指をパチンと鳴らす。すると奥から男がふわふわと宙を舞ってきた。それはドブネズミだった。ドブネズミは顔を真っ赤に腫らし、全身から血を流して絶命していた。
「我々のことを少しでも知った者は組織の一員になるか死ぬかの二択だ。この情報屋は我々のことを知りすぎてしまったからね。悪いが実験体のサンドバッグになってもらったよ」
ドブネズミに情報をもらったオルタナとしては少しばかり心が傷んだ。
そしてある単語に反応した。
「実験体ってなんだ?」
バルボロはニヤリと笑った。
※ ※ ※
オルタナたちの戦いはすぐに魔術会に伝わった。デイビッドは手空きの上級、中級魔術師を動員しブロードウェイに向かわせる。
「アリス、いけるか?」
アリスは頷く。
今夜のロンドンは満月。最も魔力が満ちる夜。今夜は『蒼月の魔術師』アリス・レイスが一夜限りの魔術会最強になる日だった。