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第17話 残虐なあなたへ②『幼子の笑顔』

 部屋に戻ると、アリスが椅子に座っていた。ただただ静かに、初めて出会った時と同じで本を読んでいた。


 アリスは悠が部屋に入ってきたのに気づくとしおりをはせて本をとじ、悠にむけて小さく微笑む。


「おかえりなさい、一条君」


「……ただいま」


 アリスは立ち上がるとゆっくりと悠に近付き、抱きしめた。


「一条君は私の()()なんですから、いなくならないでください」


「……ごめん。これからはちゃんと隣にいるから。ちゃんと護衛するから」


 兄に出会うために。


 アリスのこの様子を見るに相当心配させたようで、悠は少し申し訳なく感じるとともに、随分心を許してもらえるようになったなぁとも思った。


「一条君、週末は予定空いてますか?」


「……たぶん?」


 そもそも自分に予定とかあるのだろうか。自分の勤務体系も知らない悠であった。


「ちょっと気分転換にお散歩に行きませんか?」



 ※ ※ ※



 週末、悠はビックベンの下でアリスを待っていた。当初は本部を出るときも一緒がいいと言ったのだが、アリスが外で待ちあわせをしたいと言って聞かないのでしかた無く外で待っている。


「護衛なのにこうやって離れるのは……まずいよなぁ」


「お待たせしました」


「っ」


 綺麗な黒髪が白のワンピースを際立たせる。スレンダーな体型のアリスは若干幼さを感じさせつつも、しっかりと大人な女性の雰囲気を醸し出していた。触ったら簡単に壊れてしまいそうな、そんな感じもした。


「どうしました?」


「いや、いつもと違った雰囲気だからちょっとびっくりして。アリスもちゃんと女性なんだなぁと……」


「最後の一言はいりませんよ?」


 悠にデリカシーというものはない。


 二人はビックベンを離れ、ロンドンの街を練り歩く。悠はここに来たばかりのころアレンに軽く案内してもらったが、まだ全然ロンドンという街を知らない。


「とりあえずフィッシュアンドチップス食べます?」


 ロンドンの街に出たらまずそれを食べないといけないのだろうか?悠は前食べたときに好きになれそうにない味だったのを思い出し、丁重に断った。


「今日はハイドパークに行きましょう。ハイドパーク、行ったことあります?」


「ハイドパークとは?」


 名前的に遊ぶところなのかなーと悠は想像する。アリスはにやーっとしてハイドパークの説明をする。


「ハイドパークはロンドンの中心にある大きな公園で、観光名所のひとつなんです。緑がすごくいっぱいでリラックスするにはもってこいの場所ですよ!」


 二人はバスを乗り継ぎ、ハイドパークにつく。確かに大きな公園だった。緑が生い茂っており、家族連れやジョギングする人でいっぱいだった。


「ここは……確かにいいかも……」


「あっちにダイアナ妃記念噴水があるんです。見に行きましょう!」


 アリスは楽しそうに悠の手を引っ張っていく。悠はたまには息抜きも必要なのだろうと判断し、楽しむことにした。



 ※


 ※


 ※


 小一時間走り回り、アリスはぜーぜーと息を切らし疲れた様子を見せていた。


「ちょっと休憩しませんか?」


「あそこのベンチで休もうか」


 二人はベンチに腰掛け一息つく。


「今日はありがとう、アリス。久々に心が休まった気がするよ。もし差し支えなければこれからも街の案内をしてもらえないかな?」


 アリスはその言葉で笑顔になり、「はい!」と力強く頷いた。


 悠はズボンの裾が引っ張られるのを感じ、下を見る。そこには小さな男の子がいて、悠のズボンを引っ張りながらこちらを見ていた。


「……え?」


「あら、かわいい。どこの子ですか?」


 アリスは男の子を抱き上げると高い高いをする。男の子はキャッキャと笑い、それを見たアリスも笑う。この瞬間、悠は変な妄想をしてしまった。まるで家族のよう――――。


「こら、テリス!人様に迷惑かけちゃだめでしょ!」


 母親らしき人がよってきて男の子にげんこつをする。男の子は泣きながら女性の足にしがみつく。男の子の名前はテリスというらしい。テリスはすんすん言いながら母親のズボンで鼻をかむ。


「もう!テリス!」


 アリスは苦笑いしながらハンカチを女性に渡す。


「これ使ってください」


「あら、ご丁寧にありがとうございます。テリスがご迷惑をおかけして……デートの邪魔してごめんなさいね?」


「デ、デートだなんてそんなそんな……あ、テリス君っていうんですか?すごく可愛いですね。何歳なんです?」


 デートという単語が出てきてアリスは顔を真っ赤にして狼狽え、あからさまに話題を変える。


「三歳よ。あとお腹にも……」


 女性は大きく膨らんだお腹を擦る。どうやら妊婦のようだった。


「え!凄いです!予定日はいつなんですか?」


「来週ですよ。いつ産まれてきても大丈夫なように最近はテリスと一緒に散歩して体力をつけてるんですよ」


 アリスはテリスを抱き上げる。


「てことはテリス君はもう少しでお兄ちゃんになるんですね。頑張らないとですね」


「僕、お兄ちゃんだもん!がんばりゅ!」


 語尾が微妙になまっているところがまたかわいい。


 二人は手を振りながら親子が公園を後にするのを見送る。


「かわいかったですね。あの笑顔を守るためにも、私ももっともっと精進しないとです」


「……そうだね」



 ※ ※ ※



 一週間後、二人が出会った女性はロンドンのとある産婦人科医院で陣痛を迎えていた。


「もう少しですよ!頑張って!はい、呼吸して!」


「ちょ、ちょっと、先生……これ、なんですか?」


「え……」


 ――――パシャッ


 分娩室が真っ赤に染まった。





 病院の入口には五芒星が血で描かれていた。

子どもは宝ですよ。

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