第14話 雷光の修行
その2です。
オルタナはズカズカと部屋に入る。
悠の部屋の扉を蹴破ると中に入り悠の胸ぐらを掴むと壁に投げ飛ばした。
「ごほっ!?」
悠は突然のことに頭の回転が追いつかない。その様子を見てオルタナは「うーん」と頭を抱える。
「これはちょっと……大変かもしれないな」
そう言うとオルタナの拳が悠のみぞおちにめり込む。ミシミシと鈍い音とともに悠は「おえぇ!!」と胃液を吐き出した。
悠は焼けるような喉の痛みと腹の痛みと気持ち悪さに悶える。
オルタナは悠の襟首を掴むと引きずって部屋を後にしようとする。が、その前にアリスが道を遮る。
「それは何かな?」
オルタナの顔から笑顔が消える。アリスはオルタナに杖を向けていた。アリスは全身を震わせながらオルタナの道を遮る。
悠はアリスの護衛であり、アリスにとって悠は護ってもらう人間であり、また、護るべき人間でもある。
「アレン先生がオルタナさんに何の許可を出したのかは知らないですけど一条君をそんなふうにする人のところに預けるなんてできません」
「……私が上級魔術師と分かっていて杖を向けているのかな?アリス、君は今日は無理だろう?自殺行為はしないことだ」
オルタナは小さく笑い、ウインクする。パチン、と音がしアリスが吹き飛んだ。
「あうっ!?」
アリスの杖が部屋の隅に転がり、壁にぶつかったアリスはズルズルと崩れ落ちる。その瞬間、悠が起き上がりオルタナの首をかえす。バランスを崩したところで足をはらいオルタナに膝をつかせる。
「なに……しやがる……アリスに何してんだ!!」
「うん……それでいい」
オルタナは笑うとおよそ人とは思えない立ち上がり方で悠の目の前に起き上がり、瞬時に杖を突きつけ、悠を吹き飛ばした。
「アレンと話をしていてね、私が君を鍛えることになった。色々理由はあるが、これだけは約束する。私が君を悪魔と戦える戦士にしてあげよう」
そう言うとオルタナは悠に魔術を次々と浴びせる。悠は反撃することも、防護することも出来ず、ただ耐えるしかなかった。
オルタナの攻撃が終わったとき、悠は胃の中のものを撒き散らして(ほぼ胃液)気絶していた。アリスは涙目でオルタナを睨みつけていた。
「一つ言っておこうアリス。ただ見守るだけは優しさではない。ときには手を出していかないと。行動してこそ真の優しさだ」
オルタナは悠を担ぎ上げると部屋を出ていく。
「さっきも言ったが私が君の護衛を強くしてやる。安心して任せてくれたまえ」
※ ※ ※
「ハハハ、それはまた随分乱暴したな。大丈夫だったか?」
「大丈夫なわけないじゃないですか先生!本当にあの人に一条くんを任せていいんですか!?」
後日、アリスは日本に戻ったアレンと電話でオルタナのことを話していた。アリスはアレンが怒ってくれると思っていたのでこの反応には少々拍子抜けだった。
「大丈夫だアリス。オルタナは少々……いや、かなりか?頭の方はイカれているが腕は間違いなく本物だ。オルタナのしごきについていけたなら弟くんは間違いなく成長する。今はオルタナに任せてくれないか?」
「先生がそう言うなら……」
電話を切り、アリスはベットにダイブする。
アレンが大丈夫だというが、やはり不安である。まだ認めたわけではないが悠は一応自分の護衛である。心配しないわけにはいかない。
「本当に大丈夫かな……」
その頃悠は見知らぬ部屋の見知らぬベットで目を覚ました。まず視界に入ったのはブロンズヘアの美女だった。
「……え?」
「あ、起きた。大丈夫?カラダ、痛いとこない?」
美女は悠の頭を撫でる。最初はわけがわからなかったが、段々と意識がはっきりしてきた悠は顔を赤くして手を払った。
「だ、大丈夫でしゅ」
噛んだ。でしゅってなんだ。悠は恥ずかしさで更に俯く。それを見たブロンズヘアの美女は小さく笑う。
「ふふ、大丈夫そうね。もうちょっとしたらオルタナが帰ってくるから、ゆっくりしてて」
そう言うとブロンズヘア美女は手を振って部屋を出ていった。悠はゆっくりベットから降り、状況の整理をする。
「たしか部屋でオルタナさんに急に襲われて、アリスも襲われて、それで……気がついたらこの部屋で。……どういうことだ?ここどこだ?」
「私の部屋だよ、一条君」
背後から声がし、振り向くとそこにはオルタナが立っていた。全く気配を感じることができず、悠はぞっとした。オルタナの後ろでは先程のブロンズヘア美女が笑顔で手を振っていた。
「アレンと話をしてね、アレンが不在の間、私が君の面倒を見ることになったんだ。まあ期間限定ではあるが私が君を鍛えてあげよう。この世界で戦えるようにしてやる」
オルタナは白い歯を覗かせて笑う。
美形がいちいちムカつくと思う悠であった。
「ああ、私が君を見ている間はアリスの護衛は私の部下が受け持つ……なんだその不満そうな顔は。NTR案件にはならないから安心しろ。ちゃんと女性を当てるから。まあそっちの気があったらわからないが、その場合は諦めろ」
「な、何言って……!」
悠が反論しきる前にブロンズヘア美女が抱きついてきた。
「照れちゃってかわいいわね。隠さなくてもいいのよ?護衛対象にそういうの抱くってこの世界じゃよくある話だし」
色々当たってムズムズする。悠は逃げようともがく。だが美女の力は予想以上に強く身動きがとれない。悠は驚きの目で美女を見る。それに気付いた美女は妖艶に笑う。
「彼女の名前はヘレナ・ベレット。私と同じ上級魔術師だ。今日から君の身の回りの世話をする。……ああ、変な気は起こさないほうがいいぞ。ヘレナはとても美人で優しい女性だが、魔術師としてはデイビッド、アレン、私に次ぐ実力者だ。君ごとき簡単に消し炭にされるぞ」
それを聞いてアレンは驚きの目でヘレナを見る。ヘレナはとても戦闘員とは思えないような純粋無垢……ではなく小悪魔的な笑顔を見せるのだった。
「私、破撃の魔術師って呼ばれてるの。壊すのは得意だからそれ系のことだったら何でも聞いてね」
こうして雷光の魔術師と破撃の魔術師との激動の修行が始まった。
※ ※ ※
「まず君は自覚しなければならない。護衛であるくせに逆に護られる存在であるということを。今の君は君のわがままを聞いてあげているからあるということを」
オルタナは杖を振り回しながら言う。悠はそんなことは聞いておらず、ただただ逃げ回っていた。
「いや無理だコレ!?」
オルタナの杖からは光の鞭が伸び、バシンバシンと痛々しい音を立てていた。悠は魔具のナイフでなんとか応戦しようとするが、やはり鞭打ちは痛いから近づきたくない。
「悪魔には殴り込みできるのにこれにはできないのか。これじゃあ成長しないぞ?」
オルタナは鞭をしまうと次は雷撃を浴びせ始めた。
「うおおおっ!?」
轟音が鳴り響き、訓練場が瓦礫の山に変わっていく。その様子を見て管理人がオルタナに「こらー!」と怒鳴るがオルタナはお構いなしに続ける。
「いいか、一条君。まずは魔術に慣れたまえ。悪魔は力技でくるが中級クラスになると魔術を主体とした攻撃に変わってくる。この前の件で分かっただろうが君は魔具一本で悪魔の魔術を凌がなければならない。普通は無理だ。だが君の隣には私がいる。上級魔術師であるオルタナ・ヘイロスが君を見ている。私の魔術を凌げるようになればこれから出会うであろう悪魔ほぼすべてを相手に戦える!」
その言葉に悠は動きを止める。
「上級魔術師はただ前に出るだけではない。後輩を育成するのも立派な使命の一つ。君ごとき戦士に育て上げるのなんて簡単なのだよ。さあ、ぼーっと立ってないで、魔具を構えて。私はアレンと違って優しくはないよ?」
悠はオルタナの目を見て分かった。この男は本気であると。戦えないくせにわがままだけはいっちょ前に言う自分を本気で見てくれていると。
その本気には本気で応えるのが礼儀だ。
悠は魔具を構えて「お願いします!」とオルタナに突っ込んていった。ここから先、悠はオルタナに背を向けることはなかった。
※ ※ ※
オルタナの特訓が始まって一週間が経った。オルタナは「魔術に慣れろ」と言ってただひたすら魔術を浴びせてくるばかりだった。なんなら上級魔術まで浴びせようとしてきたときはヘレナが「殺す気!?」と間に割って入るほどだった。
ときには休憩だといって空手の組手をさせられたり。どこから呼んだのか欧州チャンピオンが来たこともあった。それには流石に悠も興奮してサインを求めたくらいだ。
オルタナは悠とヘレナを呼び出し、一言。
「そろそろ実戦に移ってみようか」